目指すは徒歩15分の位置、近くを流れる大きな川の河川敷。
彼女の家からアスファルトの道路を歩いて、うっすら緑の生い茂った土手を登る。

「手、貸しましょうか」

浴衣の裾を持ち上げながら、昼前に少しだけ降った通り雨でぬかるんだ土手と格闘する彼女に声をかけると、平気、とすぐに返ってきた。

「滑っちゃいますよ」
「他の男の子と手なんか繋いだら、ラビ怒るよ」

そう言って彼女はくすくすと笑って、バランスを崩さない内に一気に土手を登ってきた。

「バカップル」

呟いた言葉は彼女の耳に伝わる寸前で、同じ瞬間鳴った大きな音にかき消された。
夏の夜の真上に撃ち出されたそれは、きらきらとした光の粒を、土手の下に広がる風景に撒き散らしているようだった。連なってぶら下がる提灯にも、シロップのかかったかき氷にも、隣で空を見上げたままの彼女の瞳の中にまで。全てがきらきらしていて、眩しい。

「かき氷でも食べましょうか」

花火の散った夜空をぽけっと呆けたような表情で見つめていた彼女に言うと、びくんと小さく肩を揺らしたから、こっちが驚いてしまった。彼女は僕と同じ物を目にして何を考えていたんだろう。いや、誰を。

「メロンにしたんですか?」
「うん おいしい」
「舌が緑になりますよ」
「えっ!うわ!」

アレン!もう緑になってる?なんて、まだ二口ぐらいしか食べてないくせに、必死になって舌を出している。
もう緑になってるー?知りませんよ。ひどーい!
手から零れ落ちるみたいに自然に流れていく会話。なのに僕は、彼女の唇の奥から覗く小さい舌を、気付いた時には目で追っていた。もう口元しか見えてない。ごくり、と。自分の喉が鳴るのを聞いた。


「あっ」

彼女の、間抜けな声が耳に入ってきた時にはもう手遅れで。
見た目よりもぷっくりとした感触の柔らかい唇、きらきらとした光に照らされて分かる、赤くなった顔を、ただ単純に可愛いと、好きだと感じた。

なんだか時間の流れがひどく遅いように感じられて、このままが、ずっと続くような気がしたけれど、馬鹿みたいな僕よりも早く現実に戻ったのはやっぱり彼女で、右手に持っていたかき氷を手から離して、僕の肩を強く押した。僕もそこで、自然に彼女のに重ねていた右手を急いで引っ込めた。


アレン、なにしてるの。
気まずい雰囲気の中、彼女の言葉に顔を上げた。俯いたままだった僕とは違う、彼女は少しだけ濡れた睫毛を伏せて崩れた笑いを見せた。僕はそれを見てからやっと、自分のしたことの大きさを推し量ることが出来た。胸が、強く強く締め付けられる。


「 帰ろっか」

へへ、と同じように笑って、そそくさと土手から腰を上げた彼女を追うように僕も立ち上がる。歩き出して行った彼女は僕から逃げている。すぐに気付いてまた苦しくなったけど、そんなことは気にかけれない。駆け足になって追いかけて、手を掴んだ。

「さっきは、すいませんでした。あんなこと…」
「…ううん大丈夫。すぐに、忘れるから!」
「っ…でも」

後悔は、してません。
真っ直ぐに向けた視線が、彼女が戸惑いがちに向けたものとぶつかる。目は伏せない。
僕は。
そこまで言って、涙が目元に溜まっているのに気付いた。彼女は、彼女だけが、次の言葉を知っていた。僕は、何を言うつもりなんだ?


「あなたのことが、」

唇を動かす直前に走り出してしまいそうになった彼女の手首を咄嗟に掴んだ。涙はもう零れてしまっていた。後戻りは、できない。遠くで、花火の音が聞こえた。

「好きです」
抱き締めると、ふわりと優しい香りがした。その優しさは僕のためのものではないと知っていたし、華奢な体は誰に愛されるものなのか分かっていたけれど僕は、メロンシロップの味に背徳を隠した。とろけるみたいに甘い味しか感じなかった。



きらきら
100814かける



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