ユーウーくん
あーそーぼ


夢を見た。
俺が立つ血生臭い戦線の地には、綺麗過ぎた思い出の記憶。未練と一緒に置いてきたはずのそれが蘇った日の朝はそんなに悪いものでもなくて、だから、自嘲するように笑ってから後悔した。


「ユウくん学校遅れる!早く漕いで!」
「お前が遅いからだろバカ女!」


気付けば、どんな時でも隣に居る女がいた。今と少しも変わらない人付き合いをしていた俺の近くに居た唯一がそいつだった。小学校から高校まで、クラスが違うことはあれど、ほぼ同じレールの上を歩んできた俺たちは、友達と言うには近すぎて、恋人と言うには照れ臭さを感じた。どちらかが一線を越えようと試みたなら簡単に踏み越えられる位置に立っていたのに、踏めない一歩。動かせない足。気付いた時にはもう遅かった。


「ユウくんいま、なんて?」
「日本を経つ」
「 どうして?」
「…」
「…そっか」

自転車の後ろに座るそいつに、なるべく平静に、なるべく無感情に告げた。俺がどっかに行ったところでそいつがどうにかなるなんてことは考えなかったが、歪に笑う顔を見たくなかった。決心を鈍らせたくなかった。そんな顔されたら、そいつを一緒に連れてどっかに逃げ出してしまいそうになる。衝動で動いて後悔はしたくなかった。背中に在る体温が俺の近くに無くても、どこかに在るならそれだけでいいと思った。


「いつもそうだよ」

自転車から降りてきて、いつも真っ直ぐにこっちを向いている瞳はその時だけは俯いて地面を見ていた。俺も釣られて俯いた。オレンジになったコンクリートに、黒い陰が重ならない。

「自分だけ苦しんで」

掴まれたように一瞬痛んで、心臓は普段よりずっと早く鳴り出す。嫌な汗が背中を伝うが夏のせいじゃない。これ以上は。

「 わたしも」

連れて行ってよ。
多分、唇はそう形作ろうとしていた。気付いたら、湿っぽい夏の空気も遠回りした一歩も、ずっと背中にしか感じなかった体温も全部ぜんぶ抱き締めてた。
初めてそいつは泣いたけど、そんな顔はどうしても見たくなくて、黙って肩に隠した。

「ユウくん」
「…なんだ?」
「ちゃんと、帰ってきて」
「 …ああ」

途端に、隠そうとせずに大声で泣き出したそいつの頭を、ぎこちない手つきで撫でたけど、余計にそいつが泣いてしまって、絶対に、ここに帰ってくると誓った。揺れる紺色のスカートも黒いハイソックスも、俺たちがまだ幼いということを知っていた。

今はまだ帰れそうにない。けど、帰ったら、踏み出せなかった一歩を、自由になった足で一緒に踏み込んで歩いていきたい。
こんなこと考えてるから、夢にまで出てくるのかと考えて、今度は自然に口元が緩んだ。



神田×ハイソックス
100711かける



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