大好きなのだと。僅かにはにかんだ笑顔を見せた筈のこいつは俺ではない他の男のことを好いてぼろぼろになった。白髪の、あいつ。

俺は、2人が付き合うことになったと赤い唇から呟かれた時、何も言えなかった。ただ、こいつが何も知らずに笑っていられる環境を壊すことが俺には不可能だった。
…違う。それは存分に可能で、簡単すぎるシンプルだった。俺が想いを口にするだけでいい。吐息に溶かして。
俺たちは兄妹だ、世界で1番近い距離。残酷すぎて、苦しい。


「…好きな人、出来たんだって」

同じ様に笑顔を繕おうとする分だけ余計に痛々しくて、抱き締めてしまいたい。
ずっとずっと想ってた。家族だから、兄妹だからじゃないんだと気付いてからも、いつかこいつが他の誰かに幸せにしてもらえた後に、間違えが風化しても遅くはないと考えていたから。
それなのに。混濁した暗い意識下に俺を突き落とすのは女の顔をした妹なのだ。さっきから黙ったまま俯いているから、手を回した。次第に肩から小さく漏れる嗚咽は全てあいつを想って溢れるものだと思うと何かが腹の中をぐるぐる渦巻く。こんなにも純粋な女。



『話がある。放課後に時間作ってほしい』

メールを打った。時間なんか気にする余裕は残ってなかったから、用件だけを書いたメールは深夜の空を飛ぶ。返事は返ってこなかった。



「なんですか、話って」

目の前に居る男は、ちらりと腕時計に目を遣った。時間気にしながら話すことじゃないってくらい分かってんだろ。
この男の醸し出す雰囲気は白い髪も手伝ってか、どこか現実味が無くてふわふわしているようだった。それが無性に腹立たしくて、眼帯で隠されてない目で睨みながら口にした。

「なんで一緒に居てやれないんさ」

アレンは別段驚いた様子も見せずに、即答した。他に好きな人が出来たのだと。

「彼女とはちゃんと、話もしました」
「あいつはまだ、お前のことが好きなんさ」

絞り出した声は静かな校舎裏に吹いた風にはかき消されなかったみたいで、今度は目を伏せた。白い髪が銀灰色の瞳を隠す。


「僕だって、この好きな気持ちは」

消せません。
はっきりと空気に乗って届いた言葉を、必然的に今の自分と重ね合わせてしまって、それをアレンには知られているような気がして、確信して、悔しいような気持ちで胸ぐらを掴んだ。    
壁にぶつけられて咳き込んだアレンを見て、熱くなった頭が一瞬で冷める。そんな俺を見てまだ胸ぐらを掴まれたままのアレンは冷ややかで侮蔑するような双眸では俺を見なかった。

堅く襟元を掴んだままの俺の手を解いて剥がす。酷く緩やかで、歳不相応な動作だった。そのまま踵を返したアレンに何か言おうと口を開いたが唇からは何も零れず、のど奥の言葉は嚥下した。



「入るからな〜」

ノックをしても返事は無くて、部屋に入り込んだらベッドの上に布団越しの膨らみを見付けて、少し笑った。寝てんのかな。

「アレンと話、してきた」
「…え?」

誰に向けるでもなく吐いたつもりの言葉に返事が返ってきたから振り向くと、泣きはらした目が今にも涙を零しそうに潤んでいた。


「なんで」

勝手なことしないで!言うが早いか頬に涙が伝って、枕やらクッションやらが飛んできた。結構な攻撃力。
手近の物を一通り投げ終わって、顔面をガードしていた手をどけると肩で息をして、怒りで揺れる瞳。そんな目で自分を見て欲しいんじゃないから、ベッドに腰掛けて、やっぱり誰に向けるでもなく呟いた。

兄ちゃんじゃない。
滲ませた男の気持ちを理解しない妹に続けた。


好き。

大きな丸い瞳が零れ落ちそうに見開かれたのを最後に視界に捉えて、強く抱き締めた。

「や、お兄ちゃん!」
「今だけ、じっとしてろ」


妹に間違った情を抱く俺を愚かだと笑うだろうか。論理も世間体も、モラルだって粉々に砕いてこの空に散らべてしまえたら。貪婪さの滲むこの隻眼に、無垢な光を映すこと。躊躇いなんて生まれなかったはずなのに。ここまできてまだ、理性の出した危険信号に従う兄なのだ。

腕を解いて嘘だと笑った。俺はいつものように笑えているのか分からない。悲しげに微笑み返す妹が居た。



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