うちの学校は文武の武の方に重点を置く学校で、殆どの生徒は放課後の貴重な時間をクラブ活動に費やしている。だから、沈みかけたオレンジの溶け出した図書室に来るやつなんて珍しいな。そんなもんだった。最初の印象は。
焦げ茶色のフレームから覗く瞳が、何でもないのに刺すようで、射抜くよう。歳不相応な、少し冷めた感じを与えたのはクリアに残る記憶。まあでも俺も、人のこと言えた良い目はしてないし。

彼女をそういう風に認識してから毎日、名前も知らない彼女はここに来て教科書とノートを開いた。いわゆる優等生のお勉強。やってんのは数学っぽくて、ブレザーに縫い付けてあるエンブレムが赤色だから3年生。俺の持ってる授業じゃ見ない顔だし、知ってんのはそれだけ。それだけだったけど、ただ同じ空間に居ることを許容しただけの空漠とした関係を突っついてみせたのは彼女だった。


「先生、数学の担当でしたよね」
「 ?…ん、そうさ」

机に突っ伏して居眠りしてた上から突然降ってきた真っ直ぐ届く声に驚いた。

ここ、教えてください。
細い指で指されたのは教科書の問題で、寝ぼけてた頭は反射的に頷いていた。先生と生徒。別に普通で平凡なありふれてることなんだけど、なんていうか。曖昧に言うと、崩れた均衡に、少しどきどきしてた気がする。

ファーストコンタクトからも変わらずに彼女は毎日図書室にやって来たし、俺も俺で、数学の教師だっていうのに放課後の図書室管理を任されていたから、自然2人で居た。自分以外の人間が1人増えただけで、色覚が欠けたみたいに冬の色しか見えなくなることはなくなったし、意味の成さない他愛ないもので、時間だって埋まっていった。


「なあ女子高生」

近くの席から向けられた目に鋭さが上乗せされていて不機嫌さが伺えた。だって名前知んないし。聞いたら覚えるさ。訊かないけど。

「彼氏とかいねーの?」

最近の女子高生はマセてんだろ、と続けると、にやにやしないでください!不謹慎!と、漫画に出てくる典型的な真面目キャラのセリフが飛んできた。顔あっかー。委員長っぽいけど、彼氏の1人や2人くらいいると思ってたのに。高校生ってもっと、馬鹿みたいに遊び回ってるもんじゃなかったっけ?俺はそうだった気がするけど。


「 あ、そっか」

かたおもい。わざとゆっくりと唇を動かすと、真っ赤な顔を隠すように俯いて、馬鹿じゃないんですか。とだけ紡がれた。しーん。女子高生って難しいな。
その日はそれでおしまい。静かで重い空気に耐えれなくって俺はまた、机に突っ伏したから。
次の日の図書室に珍しく彼女は現れなかった。いっつも俺より先に来て机にノート広げてんのに。
久し振りに1人で過ごす放課後は、夕方の景色がうっすらと暗くなっていく瞬間さえ見落とさないくらいに、何もすることが無くて。窓ばっかりずっと見てた。
あ、雪。もう冬か。どうりで空気が冷たいし乾燥してるけど、澄んでる。音の波もすぐに耳に届く気がした。ぱらぱらノートをめくっていく音だとか、シャーペンを走らせる音だとか。今存在しない音が聞こえないんなら、意味無いんだけど。

そのまた次の日、今日。朝から雪が降ってて、校舎のはじっこ、日当たり環境最悪なここは寒すぎる。室内でも真っ白い息が出てるのを見て、少し笑った。


「お、久し振り」
「久し振りって、1日だけじゃないですか」

軽い挨拶は昨日以外のいつものように。掬うと同時に零れていく砂みたいに淀み知らずで流れていくから、昨日っていう1日を大きな空白だと捉えているのが俺だけだということを暗に示唆する。こんなん馬鹿らしい。
なんとなく彼女に目を遣った。いつもと同じ、ぱらぱらとページをめくる音。全部いっしょのはずなんさ。足りないとか欠けたとかじゃない。違う。それが分からない。ぐるぐるする気持ちを押さえ込んだ。


「昨日なにしてたんさ?」
「え?…えっと、委員会に」

彼女の行動を探ると採られても仕方無いような俺の質問の意図を問う言葉は返ってこなかったが、彼女の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。
ふーん。ほんとに彼氏いねーんだ。…なんで俺、こんなこと気にしてんさ。気持ち悪ぃ。なんでこんな、彼女の言葉が俺に影響力与えてんさ、笑えない。どうして、気付かなかった。ぐるぐるしてた気持ちが消えて、変わりにふわふわする。

図書カードが並んだ事務机の椅子から立ち上がって彼女の居る机、向かい側に座った。伏せられた目はちらりとこっちに向いただけで、すぐ手元に戻った。


「なあ女子高生」

前にも、こんな感じで会話を始めたな、なんてぼんやり考えながら冷たい空気を吸い込んだ。


俺のこと、好き?

ゆっくり上がった顔。大きい黒い瞳と俺の目が合った。ばちーん。そしたらじわじわと白くて雪みたいなほっぺたは耳まで赤くなっていって、急いで両手で顔を隠してしまった。いつもみたいに、馬鹿ですかって生意気も言えないみたいだから、隠そうとせずに笑ってたら、指の隙間から睨まれた。目が潤んでるから、余計に笑う。
彼女から返ってくる言葉が冷たい空気に溶け込んで何を伝えるのかは俺の知ったことじゃないけど。ちゅーなんてしちゃったら、世界はひっくり返って、価値観だって常識だって変えられる。
冷えた体を後ろから抱き締めた。さらさらした髪の毛も、すぐ赤くなるほっぺたも、生意気言うこの唇だって。俺は好き。



続きはお口の中で
t.にやり
091226かける



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