「ん、」
「…」
「…あ」

ホームルームが終わったから一緒に帰ろうと思って探してたら、校舎の壁に寄りかかって知らない男とちゅーしてた。
俺はその男のこと知らなくても全く不思議じゃないけど、たぶん彼女も、そいつのことはよく知らないはず。はず、とか言って確信できるのは、俺が惑溺する彼女がこういう女だからだ。自分の外見的な価値を理解した上で誰の手元にも帰らない。気まま。自分勝手。ふわふわした生き物。無垢な俺はそれを自分のものにしようとしたみたいだけど、失敗。今じゃ只の遊び相手。
単語を繋ぎ合わせたって彼女のことなんか1つだって分からないけど敢えて挙げるとするなら、俺とばっちし目が合ってるこの状況でそれを続行しちゃってることとか。男の方は背中向いてるから気付いてないんだけど。

普通は。って考えんの馬鹿らしくなる、彼女と居ると。でもやっぱりこういうシチュエーションには何回遭っても慣れない。メジャヴすら起こる。何回も何回もあったことなのに。それも初めてみたいに、こうやって、シャツの向こうの背中を冷たい汗が玉になって滑り落ちる。堪らなくなって声をかけたら、男は抜けた声を出してさっさと逃げて行った。厄介ごとは御免なんだろう。俺もだけど。
彼女はというと、あーって間延びした声を出しながら、惜しいことをしたって顔してたから、獲物を逃がした捕食者みたいだったけど、笑わなかった。

「ばかー」
「お前が馬鹿。やるなら隠れてやれよな」
「えー」

せっかく、かっこいい子だったのに。
呟きながらお得意の上目遣いで俺の表情を伺いにかかる。でも俺だって、伊達に遊び相手やってない。まだ、可愛い願い叶えさせんの、諦めてないし。一応。
彼女がこういうことをするのは、やっぱり性という単語を用いることでしか説明がつかないんだろう。1人とずっと一緒に居られない、常に何かの刺激を探してる。こうやって俺にちょっかいかけてくるのも、そういうものに基づいた行為ではあるのだ。これを理解しているからこそ、俺は彼女に何も言わないし表情も崩さない。ここで嫉妬を妬いたりすると、にこにこ笑う彼女のこれをエスカレートさせてしまうということは経験済みだった。だから彼女はいつものように、不機嫌な顔でちぇ、と悪態をつく。
俺はいつも、少しだけ安心してしまう。ここで彼女が小さな舌打ちも何もせずにさっきの男の所へ走って行ってしまったら、俺は捨てられた、このポジションから降ろされたということになるんだろう。それは嫌だったし、怖いとも思う。俺たちがこんな、思春期の男女関係のいわゆる普通から外れた関係に在ることを俺が許容できているのはやっぱり、この子が好きだからなんだろうし。
きらって光る大きい目も好き。真っ白で折れちゃいそうな脚も好き。俺の頬を緩く滑る細い指も好き。全部ぜんぶぜんぶ、大好き。
だから俺はこのポジションを守ろうと思う。彼女がどれだけ他のものを視界に収めたって、彼女のどっかに俺は居座り続けるつもり。こんなに一途に1人の女の子を見てる俺以外を、彼女がどんな目で見てんのかなんて、関係無い。


「なあ」
「…なに?」
「ちゅーしてみてよ」

挑発するみたいに。彼女みたいに。攻撃的な視線を隻眼から送ってやると、彼女はケータイをぱたと閉じて、ネットワークから世界を断った。イコールで結んで、俺と彼女だけの場所。世界って呼ぶには、あまりにも不安定で。

可愛らしい顔に下品な笑いが貼り付く。にやにや笑う彼女の舌は赤かった。少しだけ、心臓の音が聞こえた。彼女がゆっくり背伸びをして、顔を、唇を近付けていく。目を閉じる。一瞬だけ先に、俺は悪戯に数歩だけ後戻りした。彼女は満ちた空気とちゅーしてしまう結果になってしまって、目をぱちぱちさせて驚いてから俺を瞳に映した。

「ラビって、そんな頭してるくせにガード堅いよね」
「一途なんさ」
「なに言ってんの」

ほんとに楽しそうに笑う彼女にまたひとつ、心臓がなく。嬉しくて鳴いてんのか悲しくて泣いてんのか、俺には分かんないけど。


「ラビはこんなだし、他の子のとこに行くかな」

にやりと口角を吊り上げる彼女に、釣られて俺も笑った。少し膝を折って、彼女の身長に合わせる。さっきは重ならなかったそれを、思い付き、まるで偶然みたいに重ねてみた。


「じゃあ俺は帰るから、そっちはお好きにどーぞ」

ラビって、狡い奴だよね。
舌で唇を舐めて見せた俺に、今度は彼女が捕食者の影を見たのかもしれなかったし、ただ単に気紛れだったのかもしれない。



微熱の疾走
t.にやり
090927かける


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