「俺、あそこの会社の令嬢と結婚するから」
「ふーん」

丸いドームライトが仄暗く照らすは大人の特権。2年ぐらいかな。一応付き合っていたとは言える程度なれ合っていた彼女にそう告げると、存外面白くない反応。他の女はもっと、なんつーかその。みんな同じように睫ばしばしの目をでっかく見開いて、なんで、やめてよそんなの取り消して!ってヒステリックを起こした後に、あたしが居るじゃないって言う。とびきりに甘えた素振りで俺を取り戻してやろうと必死になるもんだったのに。
そう、滑稽。滑稽だったのに。目の前のこの人はなんで、こんなにも美しいというのか。

傷付いたり、そんな無責任なことするつもりは微塵も無かった。だって加害者は誰がどう見ても明らかに俺なわけだ。でも、ふーんだって。加害者が寂しい思いしてるんだって、笑える。俺も一緒じゃん。


「嘘だって言ったら、どうする?」

有り得ないんだけど。一旦閉じた口を開こうとして止めた。俺のオレンジの中身の単純んさなんて、俺以上に彼女が知ってる。見透かされる見破られる。全部ぜんぶ、見られてる感じ。綺麗な目。俺のと違い過ぎるのは否めない。

「どうするって、何もしないよ」
「何も、しない?」
「そのことで笑ったり泣いたり、しないってこと」

ラビが欲しいみたいにね。そう付け加えられて、やっぱり俺の大部分を彼女が支配しているんだと自覚させられる。他の女の顔なんて、携帯の番号からじゃないと浮かび上がってもこないのに、彼女は違う。彼女のことなら、顔も髪の色もアドレスも番号も、ちゃんと覚えてる。
彼女に対して持っている唯一がこれかと思うと、やっぱり可笑しくなって、ちょっとだけ笑った。
彼女は俺に目は遣らず、散らばった衣服を身に着けていく。こんな時間は1分たりとも自分のものにはなっていないとばかりに、きっちりと。俺はそれを見るのが嫌で嫌で仕方なくて、ベッドの端に腰掛ける彼女の肩に顎をのせて回した腕を太ももの上でぎゅっと結んでやった。これで動けない。一先ずは。


「次っていつ、会えるんさ?」

いつもと同じように訊いたから、返事もいつもと同じに曖昧に返ってくるものだと思い込んでしまってた。


「もう会わないよ。人のものに手を出す趣味は持ち合わせてない」

いつもとは違うことを、もしかしたら知っていたのかもしれなかったし、ただ怖かっただけなのかもしれなかった。どっちでも良い。

彼女の体に絡ませた腕が外れない。密着させた体から心臓から血液の流れる音から。俺がこの人の些細なひとつだけで、みっともなく、それこそ滑稽に潰されていくのだと悟られてしまう。


ラビ。
固く握り過ぎて白くなった手にひんやりした指先が滑って、あわてて腕を解いた。彼女は手櫛で長い髪を結わえて、すっと、ベッドから立ち上がった。
ばいばいの代わりに、じゃあねを使うっていうルールは俺が勝手に作ったもんだったけど、彼女は一応それを守ってくれてて、嬉しかったな。

「ばいばい」

いつもみたくへらりと笑って、いつもとは違う、手を振ると、やんわり笑った顔が返ってきた。ドアは閉じられる。彼女の意志に従ったわけでも、俺の気持ちを無視したわけでも何でもなく、だだそうだと決まっているからだと。

結局彼女は、俺が欲しがったものはひとつだって与えてはくれなかった。彼女の一部に俺を置いてほしいとか、そんな可愛いもんじゃなくて、彼女にも俺と同じように、俺のことでいっぱいいっぱいに溢れていてほしかった。叶わないって、叶って欲しいと願うこと自体が不毛だとは分かってたけど。
じゃあ彼女はどうだったんだろう。俺から与えられたものは何も、得るものじゃなかったんだろう。これからも多分、探してる。



フラストレーション
090818かける


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