「あっちー」
「あっつー」
「真似すんなー」
「してないー」
くだらない掛け合いも真夏の太陽の下では長く続くはずもなく、だらしなく延ばされた語尾での会話は直ぐに強制終了となった。アスファルトから照り返させる熱気にも、みんみん鳴いている蝉の声にも、苛立ちを募らせずにはいられないけど、18回の夏で学んだこと。「苛々しても涼しくならない」
だからといって、隣の小学生が背負ってるピンクから反射される日光を無視できる程、俺の人間はできてない。
可愛らしいチェリーピンクにエナメル塗装されたランドセルに手を置いたらすげー熱くて、すぐに手を引っ込めた。ランドセルがこうなんだったらアスファルトなんかもっと熱くなってるんだろうな。打ち水なんか殆ど意味を成さないんかな、一瞬で消えていきそう。
取り敢えず頭に巻いてたバンダナを広げてランドセルに被せると、眩しかった光の直撃は無くなった。あ、でもやっぱ暑い。髪下ろしたから余計に。
開けっ放しになってたランドセルから下敷きを取って温い風で仰いでたら、怒られた。
「あたしの下敷き使うんだったら、あたしも仰いでよ!」
なんだとか。ぱたぱたと風を送ってやると、さらさらの黒い前髪が揺れた。ちょっとだけ涼しそうに見えた。
陽炎が見えても全然おかしくないくらいの灼熱地獄をもたもた進んでいくと、コンビニの駐車場で同じ高校の制服を見掛けた。多分、同じクラスの女の子。揃いも揃って半袖は着ないで、長袖のカッターを捲ってベストを着ていた。手首に付けてるシュシュで、長くてくるくるしてる髪を結んで、半袖着たら涼しいのに。まあ、そう言ったら俺がカッターの下に着てる派手なプリントのTシャツも何なんだってなるし、男の子が女の子のお洒落を全部理解できるかって言ったら、そんなん有り得ないし。あ、でもミニスカートには大賛成。
2、3人の内の1人が俺に気付いたみたいで、ラビーって、きんきん声が聞こえてきた。できればそのままスルーして帰りたいと思ってたけど、叶わない様子。ばいばーいってへらへら笑って手を振ったのに何が不満だったのか、ラビって最近付き合いわるーいって返ってきた。
そう?そんなことないさ。って曖昧にして歩き出してしまおうとするのに、察してくれない女たち。空気読む努力しよーぜ。ほら、隣の子、退屈そうに服の裾引っ張ってんじゃん。
顔に出さないようにしてたつもりなのに、そういうつまんないことばっかり察してくれたみたいで、似たような女たちの1人が、にやにや下品な笑いを貼り付けて、「ラビってー」
ロリコン?
歪んだ唇にか、それともからかうような口調になのか。つられてきゃはきゃはと笑い出した。俺はそんなん気にしないけど、斜め下にある俺よりずっと幼い顔は、元々火照っていたのが真っ赤になってしまっていた。小学生なりに意味が理解できてしまって、自分のせいで俺が馬鹿にされてると思っているんだろう。高校生に嗤われていよるうで、恥ずかしい思いをしているんだろうと考えると、赤いほっぺをつつきたくなった。ぷに。いつもみたいな表情は見えない。
「うん」
ロリコン。いっそ笑って言ってやると、ギャグととったのか、結局笑っていた。
「行こ」
随分低い位置にある小さい手をとると、あったかくて、少し汗ばんでいるように感じる。あ、俺もか。
歩き出してあの馬鹿笑いが耳につかなくなった頃、いつもより少し嬉しそうに笑う。
「ねえねえ、プール連れてって!」
「えー。どーしよっかな」
「クロール教えてよー」
「ん…屋内な!」
やったー!って声が聞こえて、これくらいで喜ぶなよって返したけど、気付かない内に俺も笑ってて、少しおかしくなった。
ん、でもこいつ泳げるんじゃなかったっけ。タイム良かったって話してたよなって問う程、俺は無粋な人間じゃない。可愛いデートのお誘いだ。
まだピンク色しか知らない小学生。夏の間はプールみたいにクリアブルー。夏のレディになるにも、キスするにも少し早いけど。きらきらしてる。
クリアブルーの女
t.氷上
090805かける