嘘だと夢だと白昼夢だと。そう思い込んでしまわないと目の前に広がる光景、耳に流れる声の根源にあるものを理解することが、オレンジの頭では難しいことだった。
俺は真っ黒い双眼に何かを見透かされてるみたいで、本来逆になるはずの"この場合"に、1人置いて行かれてる。女の子に告白されていた。女の子に告白されたと一言で言ってしまえば、アレンなんかは嫌味のひとつでも添えて、またですかとでも言うだろう。でも。この場合この2人、この時こそが罪を孕んでいるような。
彼女は俺を呼び止めてひとつ、好き、とだけ紡いだまま、その真っ黒で俺を捉えて、どうしようもしないままで、俺はどうしようか、迷ってしまう訳だった。結ったとこを見たことがない真っ直ぐで黒い髪は、この子そのものを表しているようで、俺と似通ったところがひとつもないみたいで、あまり好きではなかった。
ふと、彼女が、俺に向けていた目を窓の外に遣っているのに気付いた。あんなに絡ませていた目線をいとも容易く解いているのに驚いたのと少し、悲しかった。やっぱりそうなのだと。
窓の外には、テストが近いからか、いつも遅くまで続いているクラブ活動の様子はなく、ただただ沈む夕陽だけが映った。4階建ての校舎の最上階にあるこの教室からは、昼間とは姿を変えた太陽だけが近くに感じられて、危うい。今のこの状況に酷似している。掴めそうな位置にあるくせに、手を伸ばしてみても手の中に欲したものは何も無い。しっかり掴んだ気になっていても開いてみれば何も無い。そういうところが、似ている。
「俺のこと、好き?」
この状況で疑ってしまうような質問を向けられても彼女は戸惑う素振りを見せずに、小さく口を開いた。
私のこと好きなら。
やっぱり、勝ち気に笑う。彼女も俺も、お互いを求め合って渇してた。ずっとずっと。手の中から消えてしまう前から。いや、元々納まってなどいなかったのだから、関係無い。どこか欠落していたものを補おうとしていたんじゃない。元々失してしまっていたものをお互いで代替品にした。そんな2人だから、どう足掻いたってこうなることに違いなんて訪れることがないのだと、彼女は笑っているのだろうか。
「好きかなんて、俺に聞かなくても分かってるっしょ?」
彼女は存外、幼く笑った。通り抜けた風と同じに。2度目が終わりを迎えても、3度目があるなら良いんだと、単純にそう思う。きっと離れられないって決まってる。彼女が視線と共に絡ませた指に目を遣ることはなく。夕陽に反射してオレンジに染まりかけた黒い髪に指を通した。相も変わらず、さらさらと流れてゆくばかりで、少し笑った。見透かすような目は両方閉じられているのを見て、キスをした。そっと、なんて優しい言葉は似合わない。今度こそは自分だけのものにしてしまおうと、2人。
甘い毒牙
t.ジキルの啼哭
企画さいと告白さまへ
090712かける