ユウくん、ユウくん
聞き
慣れたソプラノが耳に流れ込んできて、机に伏せていた顔を上げるとぼんやりとした視界の中に笑った顔が見えた。長いホームルームはようやく終わったのか、廊下に僅かの騒がしさは残るものの、教室に俺達以外は誰も居ない

「ユ
ウくん、部活始まっちゃうよ」

がなくて良いの?時計を見遣ると確かに部活が始まるまでの時間は残り少ない。まだ覚醒しきらない頭を待たないで竹刀を背負って席を立った。

行ってくる」
「行っ
てらっしゃーい」

度扉に手をかけたとき、後ろから声がした。あ、って随分に間抜けな声が。何かと思って首だけ後ろに向けると、いつもみたいにへらへらと力無く笑う。

今の、
新婚さんみたい。

みきった口元と薄く赤い頬、あまりにも嬉しそうに笑うこいつを見ていて顔が熱くなるのが分かって、余裕無く顔を背けた。
鹿、とだけ吐いて教室を出た。廊下が橙に染まっている。この色にさっきの俺の表情も、塗り潰されていたら。もう少しだけ、優しい言葉を紡げて、隠す橙の下、一緒に笑ってやれたのかもしれないとちらついたが、らしくなくて止めた。でも、教室で1人俺を待っていてくれているんだと思うとやはり、今日もまた、練習の後にはあいつの所まで走っていくんだろうなと、思った        


夏目前の季節でも、さすがにこの時間にはすっかり陽も沈みきっている。薄っぺらい携帯のディスプレイには8時近いことを示すデジタル文字が映された。今歩いているこの道には街灯も民家の明かりも少ない。変質者も多いと聞いた。俺がこいつを家まで送って行くのは至極当たり前のことで、俺がこいつを守ってやらないと駄目だ。守るだとか、死んでも口に出せない言葉は行動でしか表せない。こいつに不器用なそれが伝わっていることを僅かに望んで、今日もまた、取り留めのない言葉を繋ぐ
今日
も化学の時間に試験管を割ってしまったとか、今日は購買でメロンパンが買えたとか。過ぎた1日を大切なもののように話す。俺はそれに、ああ、だとか、そうか、だとか、いつも同じように口を開く。毎日楽しそうに話をするこいつとの時間はあったかい、好きだと思える時間。俺もこいつに同じことを感じさせてやれているのか。
俺は多
分幸せだ、比べるものなんか要らないくらいに。こいつもそうじゃなきゃ、意味が無い

お互
いが、しっとりと汗ばんでいるのが分かる。こうしているだけで、だんだん速くなる鼓動が触れ合った部分から伝わっていってしまいそうだった。隣を見れば、いつもより少し近くなった距離と、柔く繋がれた2つの手に驚いたのか、俺を見上げる。声色は少し弾んでいる、高めのソプラノ。

ど、どうしたのユウくん
「…
たまには、な
「そ
、そっか!」

絡んだ
指に、昼休みの友達とのバレーの話は途中で終わって、夜の空気が震えない。沈黙。嫌だったり、傷付けるようなことをしてしまったのか。さっきまでの饒舌が嘘みたいで、顔も僅かに俯いたように見えないでもない。頭の中でもんもんと悪い考えばかりが巡るが、次の言葉に杞憂だったことを知る。


「でも
さ、」

たまに
、じゃなくて、毎日繋いで欲しいな。

しだけ、もう少しだけ、感情を溢れさせるのも良いと思った。隣で笑うこいつに、いつもみたく馬鹿とは言わない。空が暗くて、街灯が少なくて良かったと思う



気付けば、俺も同じ
090622かける


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