Words Palette@torinaxx
10
目論見通り召し上がれ
狡噛慎也(行動課)
暴かれたい
空気に触れて
期待の滲む
Templated
by Sicknecks
先の任務についての資料を手渡しに狡噛さんの部屋へと訪れたものの、チャイムを鳴らしても返事がない。もう一度鳴らしてしばらく待つも、やはり出迎えに来る気配はない。おかしいな、指定した時間に行くと言って狡噛さんも了承してたはずなのに。もしかしてもう寝ちゃったのかな。時間も時間だし明日でもいいか――と思ったものの、生憎急ぎの資料だからそれも憚られる。データが主流の時代で紙の資料なんて絶滅したものと思っていたが案外そうでもないらしい。
しんと静まり返った廊下から仕方なくデバイスからコールすればすぐに繋がった。どうやら寝てはいなかったみたいだ。
「狡噛さん?今どこにいるんですか?資料届けに来たのに部屋にいないってどういうことですか」
「いるぞ。鍵も開いてる」
デバイス越しにあっけらかんと放たれた言葉についため息がこぼれる。いるならなんで出てこないんですか。私が来るってわかってるんだから少しは気遣ってくれてもいいんじゃないですか。なんて愚痴がこぼれそうになる。慌てる素振りも感じられないしこれは出迎えにも来ないとみた。
「……入っていいんですか」
「ああ。あんたが来るから開けておいた」
依然として抑揚のない声に思わず呆れてしまう。まさかとは思うけどシャワー浴びてる最中なんてことないよね?それっぽい音はしないけどマイペースな狡噛さんなら無きにしも非ず……。
「一応確認なんですけどシャワー浴びてたりしてないですよね?」
「してないが」
「手が離せない状況?」
「いや?ベランダにいる」
「ハァ……じゃあお邪魔しますよ」
デバイス越しに断りを入れて早速部屋へと足を踏み入れる。電球色が照らす廊下を抜けると、煙草の匂いがリビングに広がっていた。もぬけの殻の部屋を見渡しテーブルに視線をやると、ついさっきまで吸っていたと思われる煙草の吸殻がまだ熱を持っていた。それから手に持っていた資料をテーブルに置いて、今度はベランダへ向くと大きな背中を丸めて手すりにもたれかかっている後ろ姿が目に入った。
「呑気に晩酌ですか?まったく……」
「そう怒るなよ。小言を言われるのはフレデリカだけで充分だ」
夜景を眺めていた視線がチラリと私を捉えて宥めるようにそっと吐く。
狡噛さんから目の前に広がる景色に目を移せば、街中のあらゆるライトと鮮やかなネオンが夜半の空を華やかに照らしている。そのあまりの煌びやかな光景は深夜だということを忘れさせるくらいに眩しさを放っていて、不思議と眠気も消えてしまうほどだった。
「別に怒ってはないですけど。ていうかそれフレデリカさんが聞いたら怒りますよ?」
「聞かれなきゃ怒られることもない。ついでにあんたが告げ口しなきゃな」
そういう問題でもないと思うんだけど。とは言わないでおく。狡噛さんは無自覚で人を怒らせる才能でもあるのだろうか。宜野座さんが事あるごとに愚痴を言うのにも妙に納得してしまう。
「……資料、テーブルの上に置いておいたので後で確認してくださいね」
「ああ。助かる」
そこで会話が途切れ、しばしの沈黙が流れる。既に用事は済んだし私がここに留まる理由はないけれど、かと言ってじゃあもう戻りますねおやすみなさい、なんて素直にそうするには正直後ろ髪引かれる思いだった。
仕事に関することとはいえ、勤務時間外に――真夜中近くに狡噛さんと二人きりになれば、彼に対して少なからず特別な感情を抱いている身としては期待の滲む気持ちを捨てきれない。つまるところ、何でもいいからただそばにいて話がしたいと思っていた。あわよくばその先に何かが起こったら……なんて、さすがに狡噛さん相手に期待しすぎか。
「あんたも一杯どうだ?ただ景色を眺めてるだけじゃつまらんだろう」
「いえ、私は。度数の高いお酒は得意ではないので」
テーブルにウイスキーの瓶が置いてあったがあれは見るからに強いお酒だった。しかも狡噛さんはそれをロックで飲んでいる。こんなもの飲んだらきっと喉が焼けて倒れるに違いない。第一、アルコールは色相に良くないから滅多に手を出すことはないのだけれど。
「そうか、残念だな――」
カラン、と氷の入ったグラスを呷ったと思えば、不意に顎を取られて上を向かされた。視界が狡噛さんの顔で埋まったと理解するより先に口を塞がれて、こじ開けるように狡噛さんの舌と絡み合った液体が口内へと流し込まれる。
「んんッ、!」
されるがままに、抗う術もなく反射的にそれを飲み込めば口いっぱいにアルコール特有の苦味が隙間なく喉へと流れていく。狡噛さんから私へと移った液体がなくなったのを確認して一度は唇が離れたが、まともに酸素を取り込む暇もなくそのまま後頭部を引き寄せられてさらに深い口づけをされた。
「んっ、ふ、ぁ……」
喉が焼けるように熱くなる感覚と絡み合う唾液に頭がクラクラしてくる。液体によって濡らされた口内がいつも以上に敏感になって、内側から体が熱くなって、私の中のあらゆる部分を刺激する。
一度に与えられるさまざまな出来事を受け止める余裕すらない。ただ力が抜けていく己の体が崩れ落ちないように、狡噛さんに重心を預けて必死でシャツにしがみつくことしかできなかった。
「はぁっ、はぁっ……ごほッ、」
ついさっきお酒は得意じゃないって言ったばかりなのに。出迎えの件といい、狡噛さんはどうにも自分勝手というか人の話を聞かない節がある。おまけに言葉が足りない上に思考が読めなくて本当に何を考えているのかわからない。
睨みつけるように狡噛さんを見れば、何食わぬ顔で私の口の端を拭った。吹き抜ける夜風が全身を掠めていくも、アルコールと興奮によって限界まで上げられた体温は空気に触れてもそう簡単には冷めてくれない。
「……得意じゃないって言ったのに」
「こんな時間にのこのこと男の部屋に上がり込む警戒心のなさは改善した方がいいな」
「勤務時間外とはいえ一応仕事のことですから。……期待してなかったって言ったら嘘になりますけど」
こんな風に何の前触れもなく起こるとはさすがに予想していなかったけれど。
「ギノや須郷にも同じことしてるのか?」
「まさか。そもそもあの二人はこんな時間に呼びつけたりしませんよ」
正直に言えば狡噛さんは不満げな表情を見せる。鈍感なりにも多少の嫌味に引っかかることはあるらしい。
そういう素振りを一切見せない彼の行動を読み取るには私はまだそれを理解をするレベルにまで達していない。長年の付き合いがある宜野座さんも言うくらいなのだから、きっと私にはまだまだなんだ。
「色相濁ったらどうしてくれるんですか」
「それも悪くないな」
顔を俯かせていると、飲み干したグラスをベランダ脇の小さなテーブルに置いた狡噛さんがそのまま私の頬に触れる。未だに熱の引かないそこをやわやわと指の腹が往復する。
黙ったまま見つめることしかできないのは単純に思考して行動する力が残っていないから。流れのままに何が起きたっていいやという気分になっていた。
「自分の部屋に戻るかベッドに行くか……どうする?」
「隣で子守唄?歌ってくれたら一瞬で眠れそう……」
「悪いがそういう気分じゃない」
それって思考能力の鈍った今の私には「寝かせる気はない」って意味に捉えてしまうんだけど。それでもいいかな。いいか。うーん……でも今のままだとベッドに体を預けた瞬間に寝落ちしてしまいそうだ。それはもったいない。
「とりあえずお水ください。……私のこと、寝かせたくないんでしょう?」
元はと言えば飲めないと言ってるのに飲ませてきた狡噛さんの矛盾した行動が発端なわけなのだけれど。判断力を鈍らせてこういう展開に持っていくのが狙いだとしたら随分と策士な人だ。そんな相手にまんまと乗せられてしまっている自分があまりにも彼の思うつぼで心配になってくる。軽い女だとでも思われてるかな。
「あんた……煽るのが上手いな」
「また口移しで飲ませてくれてもいいんですよ?アルコールじゃない分、酔いも覚めてきっと寝られなくなりますから」
手慣れた女のような台詞が自分の口から出てくるとは驚きである。饒舌に捲し立てるなんて素面の私なら絶対ありえない。お酒の力って怖いな。
そう、心の奥底では暴かれたくて仕方がないと体がうずうずしている。身も心も全部彼の思うままに。
体に手を添えられたかと思えばそのまま宙に浮いて狡噛さんの腕の中へと収まる。お姫様抱っことやらの体勢で部屋へと入っていく狡噛さんを見てさすがに胸がドキドキした。シチュエーションよりも、女として扱われている事実に素直に心が乱されていた。
「生殺しだけは勘弁してくれよ」
「それはそれでいいかもですね。狡噛さんに寝ている相手を襲う趣味があれば、ですけど」
「オイ……」
「冗談ですよ。私だって覚えてないのは嫌です。だから、今夜は寝かせないでください」
「言われなくても最初からそのつもりだ」
そう言ってリビングを横切った時にテーブルに置いた資料がちらりと目に入るも、一切目もくれずにスルーする狡噛さんを見てふとあることが浮かび上がる。……もしかしてそれすらも策略のうちだった?
2023/06/08
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