midnight




Words Palette@torinaxx

3
据え膳食わぬは恥
宜野座伸元(行動課)

思惑通り
乗せられて
イイ子のふり


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by Sicknecks



 夢とは自身の心の奥底に眠る願望の表れでもあり、また自らの意思とは関係なく見てしまうものでもある。大抵私が見る夢は支離滅裂で現実味のないものが多い。
 しかし今朝見た夢はあまりにリアルで、残り数時間で日付が変わろうとしているのにも関わらず未だ頭から離れずにいた。

 宜野座さんといわゆる男女の関係になる夢を見た。
 まるで付き合っているかのような距離感で、優しさと欲を孕んだ目で私を見つめて濃厚な口づけをくり返していた。細くて長い指が私のありとあらゆる部分を愛撫して、私はひたすらその快楽に酔いしれていた。私を求める宜野座さんの顔がひどく扇情的だったのが目に焼き付いて離れない。
 目が覚めた時にはっきりと感覚が残っていると錯覚するほどで、願望めいたそれを見たことに何だかとてつもなく恥ずかしくなった。……欲求不満?そんなまさか。
 そのせいで出勤してからずっと宜野座さんの顔がまともに見られなくて、何度も心配されてはその度に私は大丈夫だと言い張った。


「やっぱりどこか具合が悪いのか?」

 そんなこんなであまり二人きりにならないようにしつつ業務をこなしてラウンジでひと息ついていた時。不意に掛けられた声にびくりと肩が跳ね上がる。

「ぜ、全然!この通り元気です。まだやることが残ってるので失礼します」

 そう言って手にしていた缶コーヒーを飲み干して勢いよく立ち上がる。空き缶を捨て、そそくさとその場を後にしたかった――が、腕を引かれたことによってそれは叶わなかった。

「本当か?」
「本当です。なんでそんなに気にするんですか」

 俯いて答えると掴まれていた腕が解放される。安堵したのも束の間、その手が今度は徐に頬に触れて視線を合わせるように上を向かされた。義手ではない生身の右手で触れられたせいで、ただでさえ熱を持った私の頬がさらに熱くなる。彼に伝わってしまうのが耐えられなくて逃げようと顔を逸らすも、覗き込まれるようにされてしまえばもはや逃げ場などなかった。

「朝からずっと様子がおかしいぞ。熱でもあるんじゃないのか」
「ない……ないです」
「じゃあどうした?こんなに熱くなって、とても普通じゃない」

 心配してくれている宜野座さんについ口を噤む。体調が悪いわけではないのは本当だ。しかしこんな風に心配している彼に「何もない」と言っても納得してはくれないだろう。頬を赤らめた状態で言っても説得力の欠片もない。けれど正直に話すことなんてとてもできなくて、視線を泳がせながら曖昧に答えるしかなかった。

「……ちょっと、夢を見て、」
「夢?」

 おずおずと声に出して言えば、宜野座さんは不思議そうに私の言葉を復唱した。

「その、好意を抱いてる方と親密になる夢を見まして……」

 最大限オブラートに包んで正直に答える。しかし耳に流れるのは二人しかいないラウンジの静寂だけで。これは絶対に引かれてる。だってこんなの、宜野座さんの顔が見れないのはあなたとそういう夢を見ましたと言っているようなものだ。さすがに宜野座さんはそこまで鈍感ではないだろうから、その後に発せられる言葉が何であれ聞くのが怖くて仕方なかった。

「……その相手が俺だったってことか?」
「…………」

 予想通りの反応に図星を言い当てられ、しかしイエスともノーとも言えずひたすら黙りこくる。

「親密とは具体的にどういうことをしていたのか……気になるな」
「っ、さすがにこれ以上は言いません!」

 咄嗟に顔を上げてお断りすれば、宜野座さんは少しだけ意地悪な表情をこぼしながら口端を緩めた。なんなの、何なのよその表情は。宜野座さんにしては随分と度が過ぎるからかいじゃないか。
 そう、思うのに。私に向ける眼差しがどこか夢と同じように見えて。優しくもあり、秘めたる情欲を感じさせるその瞳。そんな風に見つめられたら期待せずにはいられない。自惚れずにはいられない。

「なら貴女が見た夢の答え合わせでもしてみるか?」
「からかわないで……」
「真面目に言ってるんだがな」

 頭上でそう聞こえてさらに鼓動が跳ねる。だってそれって、合っていたら夢と同じ展開になるってことだよ?宜野座さんはそれをわかって言ってるの?
 ぐるぐると思考を巡らせてその言葉に乗せられまいと必死に抗っていると、宜野座さんが顔を寄せてきて追い打ちをかけるように攻め立ててきた。

「……今夜、俺の部屋に来るか?」

 耳元で囁かれて、体がぞくぞくする。呼吸が荒くなるのを抑えるようにごくりと生唾を飲む。
 もしかして私、最初から宜野座さんの思惑通りにさせられてた……?一緒に仕事をしている時は真面目で頼りがいがあって包容力もあって尊敬できる人なのに。今はこれでもかと男の人であることを前面に押し出してきている。
 恋い慕う人からそんな言葉を投げられて断れるほど私は人間ができていない。誘われて、お膳立てされて、素直に首を縦に振らない女がどこにいる。
 宜野座さんの言葉の真意を理解してしまえば、純情ぶってイイ子のふりをするのはもうおしまいだ。


2023/05/20



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