midnight



Words Palette@torinaxx

9
砂糖を落とすように
狡噛慎也(行動課)

優しくされたい
甘やかす
それでもいい


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by Sicknecks



 関係が名のあるものに変わるだけでそれまで知らなかった一面を知れる。知ることで彼という人物をもっと深く知りたいと思うようになる。しかしそうして知れば知るほど、その分同じくらいさまざまな欲が芽生えてくる。

 狡噛さんの部屋に泊まるようになって気付いたこと――それは就寝前の読書が日課だということ。
 趣味が筋トレと読書だということは知っていたけれど、当然の如く勤務中にそんな暇はない。むしろ現場以外では煙草を吸っている姿しか見てないのでは?というくらいである。いや、現場にいても吸っていることはしばしばあるけれど。

「お風呂上がったよ」
「ああ」

 退勤後、狡噛さんとともにそのまま彼の部屋へとお邪魔し、今しがた入浴を済ませたところで声を掛ける。
 部屋にいる時はベランダで煙草を吸っているか室内で読書をしているか、だいたいこの二つのどちらかだ。今日はベランダにもリビングにも姿がなかったから、寝室で読書をする気分だったらしい。
 間接照明が照らす空間で狡噛さんはリラックスした様子で枕元に背を預けている。何度もその姿を見ているのに、毎回見惚れてしまうくらいその佇まいがたまらなく好きだった。
 仕事で戦闘モードで声を荒げたり戦っている時の鋭い目つきを見ているせいか、本を片手に文字を追う視線の滑らかさやゆっくりとページを捲る指使い、纏う雰囲気すべてが私の心を掴んで離さない。
 しかし短い返事をしながら私を一瞥した後、視線はまた手元の紙の本に戻ってしまう。
 読書中に話し掛けるのは悪いと思いつつも、しかしこのまま読書に耽る彼を見ているだけでは正直つまらない。ずっと見ていたい気持ちに嘘はないけれど、今日はそれよりも構ってほしい気分だった。
 いい歳してみっともないなと思う。でも、やっぱり、二人きりでいる時くらい少しでもいいから相手して欲しいというのが本音。
 読書をしている狡噛さんの隣に腰を下ろし肩に擦り寄ってみれば、文字を追っていた視線をこちらに向けて「どうした?」と投げかけてくる。その声は優しさに満ちていて、心地よくて、それだけで胸が溢れていく。

「猫みたいに擦り寄ってきて」

 肩に腕を回されたのかと思えば、狡噛さんの右腕は私の横のサイドテーブルへと伸びる。部屋に入った時ににおいが充満していたけれど、私が入浴中に一体何本吸ったんだか。
 そんなことを思いながら空いた胸元に頬を寄せてくっつけば、静穏な夜に狡噛さんの紫煙を吐く音が頭上をさらっていく。

「べつに……寒いから体温高い狡噛さんにくっついて温まろうと思っただけ」
「おまえいま風呂から上がったばかりじゃないのか?」
「とっくに湯冷めしたのっ」

 素直に構ってほしいと言えないくせに察してほしいなんて、私は一体どこまで甘ったれなんだろう。狡噛さんなら嫌な顔せずに受け入れてくれるってわかってるのに。優しくされたいなら自分が相応の態度を取らなければいけないことも頭では理解しているのに。
 読書しながら煙草や会話なんて器用なことが出来るわりに、女心だとか人の気持ちを汲み取ることに不器用なのはもう今更なことだ。おまけに天然で鈍感とくればさらに期待は乏しい。
 狡噛さんはいつだって優しいけれど伝えることには不器用だから。でもそれでもいいんだ。そんなところが彼の魅力的な部分で、どうしようもなく好きなところだから。
 言葉はなくとも、煙草を掴んでいた手が肩に回されただけで嬉しいと思えるのだから、私も大概単純だ。

「狡噛さんは一度恋愛コラムとか読んでみたらいいんじゃない」
「急になんだ」
「なんか堅苦しい小説ばっか読んで私の気持ちなんてちっともわかってなさそうだから」

 なんて、さすがにわざとらしすぎただろうか。
 狡噛さんと付き合い始めてから自分がこんなにも面倒くさい女だったと思い知らされるなんて、これほど知りたくなかったものはない。
 腕に抱かれながら自己嫌悪に陥っていると、ぱたんと本を閉じる独特な音とともに衣擦れの音が私たちを包む。気が付けば体を反転させた狡噛さんが覆い被さった状態で私を見下ろしていた。

「構ってほしいなら素直にそう言え」
「…………」
「なんだその目は」
「どの口が言うって目」

 ああほら、また可愛くない言葉が口をついて出てしまった。
 刹那、理解するより先に狡噛さんの顔が近付いてきてそのまま口を塞がれる。スピネルの匂いが残っている吐息は眉を顰めるほどに苦くて熱い。
 苦い味がするキスは好きじゃない。けれど狡噛さんとこうして唇を触れ合わせているだけで何よりも甘いものに感じられて、頭の中で考えていたことの何もかもがどうでも良くなる。凝り固まった心と身体が一気に解きほぐされていく。

「この口だが異論はあるか?」

 こんなの、ずるい以外の言葉がない。疎いくせしてどうしてこういう時だけは妙に勘がいいのさ。
 リップの色を変えてもネイルをしてもアクセサリーを着けてみても何も言わないのに、ちょっと元気がない時や体調が良くない時、怪我した時――そういう些細な変化にはすぐに気付く。決して私がわかりやすいわけじゃないのに、見透かされていることが何だか悔しい。
 優しい手つきで髪を撫でられて、からかうような笑みを見せられたらもうお手上げだ。
 恋愛での計算高さやあざとさなんてものは彼には無縁の要素だ。だからこそ狡噛さんの言動はいつだって真っ直ぐに響いて、私にとって何よりも絶大な効果をもたらしてくれる。

「……足りない。もっと」

 吹っ切って首に腕を回せば、口端を緩めた狡噛さんが再びキスを落とす。
 もっとという私の言葉をどう捉えたのか、口内を蹂躙するように深く濃厚な口づけを交わす。同時に服の中に侵入してきた骨ばった手がくびれをゆっくりと撫でていって、思わず声を漏らして軽く身を捩った。

「そういう意味じゃなかったんだけど」
「嫌ならやめるが」
「今更やめられないのは狡噛さんの方じゃないの?」
「回りくどい言い方はよせ。俺はおまえがどうしたいかを聞いてる。言いたいことははっきり言ったらどうだ」

 こういうところは付き合っても変わらないな。少しくらい恋人を甘やかすつもりで優しい言葉を掛けてくれたっていいのに。
 でもそれでいい。狡噛さんの言うことは正しい。して欲しいと願って甘えてばかりいるのは私の方だから。

「……やめないでいい、から、今日は存分に甘やかしてほしい」
「了解」

 私の答えを聞いた狡噛さんは満足そうに微笑んで、素肌に手を這わせながら首筋にキスを落とした。

「なまえが一番素直になるのは俺に抱かれてる時だからな」

 そう言われて「やっぱりやめる」と口に出そうとしたものの、何とか思いとどまる。ここでまた可愛げのないことを言ったらさすがに呆れられてしまう。
 しかしスルーするほどの余裕もなくて軽く睨んでみるがやはり暖簾に腕押しでしかなく、狡噛さん相手には何の意味も成さない。
 甘やかして欲しいという私の我儘を受け止めるように、ただただ柔らかな笑みを添えて優しく頭を撫でてくれる。

「唯一、名前を呼ぶのもその時だ。知ってたか?」
「っ、知らない!」
「まあいいさ。今にわかる」

 どこか楽しげな声に、狡噛さんって本当は意地悪な人なんじゃないかと思わされる。悔しいけどそれもいいなんて思ってしまうのは惚れた弱みか。
 そうして部屋に広がる二つの甘い吐息は、天の足夜となり夜半とともに静かに溶けていった。


2023/10/08



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