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何かが足りない君と僕

「夏油せんぱぁ〜い硝子せんぱぁ〜い……」

任務を終えて高専に戻るとすぐに二人の姿が目に入り、私は一目散に走って硝子先輩に抱きついた。泣きついた、が正しいか。自分でこんなこと言いたくはないけど!

「また五条に雑魚扱いされた?」
「自分が強いからって人のこと馬鹿にしすぎなんですよあの人!」
「だって事実じゃん。結局祓ったの俺だし」

背後から聞こえてきた声に硝子先輩から離れて振り返れば、話題の人物はあっけらかんと言葉通りの事実を述べた。

今日の任務は五条先輩とペアで都内の廃ビルに発生した呪霊を祓うという、なんてことない普通の任務だった。そんな簡単な案件に五条先輩が出向いたら秒で終わるが、私の訓練という名目で付き添いで駆り出されたようなものだったため先輩からしたらさぞかし退屈だっただろう。
呪術師として半人前にもなれていないことは自覚している。だから最強の先輩が私のような呪術師を雑魚だと形容するのも仕方のないことだと思う。
三級の呪霊を倒すのにずいぶんと手こずった挙句、攻撃を食らう寸前で先輩が介入し最終的に先輩がトドメを刺すという何とも色々な意味で悔しいことこの上ない任務だった。今日だけで一体何度雑魚扱いされたことか。

「なまえちゃんだってまだ駆け出しの身なんだからそういう言い方は良くないよ、悟。それに後輩の面倒を見るのは先輩としての役目でもある」
「面倒?役目?だったら傑が代われば良かっただろ」
「夜蛾先生の指名なんだから私がどうこう出来ることじゃない」
「ハイハイ正論〜」

先輩が言いたいことは充分わかってるつもりだし否定はしない。五条先輩に限らず、ペアを組む時は万全なサポートが出来なくても相手の足だけは引っ張りたくはないといつも思っている。自分自身が強く思っているからこそ、五条先輩が絶対的な強さを持っているからこそ、殊更に悔しくてたまらない。純粋に子供のようにからかってくる物言いが気に食わなくて単純にムカつくというのも少なからずあるけれど。



(げ、)

お風呂上がりに喉が渇いて飲み物を買いに行こうと自販機へと足を運べば、先客が自販機の前に立っていて思わず足を止める。今日の任務のこともあって何となく二人きりになるというのは少し気まずい。咄嗟に引き返そうとしたけれど湯上がりでボケっと歩いていたせいですぐ近くまで来てしまって、踵を返すより先に先客――五条先輩に気取られてしまった。

「よぉ」
「……お疲れ様です」

先輩もお風呂上がりらしく、Tシャツにスウェットというラフな格好をしていた。髪は湿った状態でそれが何だか艶めかしく見えて何とも言えない気持ちになる。この人しょっちゅうからかってきたりしてきて子供っぽいところがあるけど顔はそこらの人たちよりイケてるんだよなぁ。
先輩の後ろ姿を眺めながら、そういえば制服は夏油先輩のボンタンとは逆に細身だったなとどうでもいいことが浮かんでくる。こうして改めてよく見ると本当にスタイルがいいなと気まずさとは裏腹に素直に感心してしまう。さっきから先輩のこと褒めてばっかだな。
その間に先輩はガコン、と落ちてきた飲み物を手に取った。どれにしようかな……と先輩の後ろでラインナップを吟味していると、今しがた買ったばかりなのに先輩はまた小銭を自販機へと投入していた。

「お前は?何にすんの」
「スポーツドリンクにしようかな……」
「え?何?」

呟いたせいで聞き取れなかったのか、先輩が身を屈めて私のほうへと耳を近づけてくる。その時お風呂上がりということもあって微かにシャンプーの香りがして変にドキッとしてしまった。自分でもよくわからない緊張に気を取られながらも「ス、スポーツドリンク」ともう一度答えれば、先輩はそのままボタンを押して落ちてきたそれを差し出した。

「あ、ありがとうございます……」

しかし受け取ろうとしてもそれに触れられなくて、思わず眉間に皺を寄せて先輩を見ればからかいの笑みをこぼしていた。プチ傷心中(当社比)にこういうことされるとイラッとするのはきっと相手が先輩だからに違いない。

「こんなとこで無下限使わないでくれます?」
「お前ホント可愛げねぇな。七海みたいなこと言わないでくんない?」

ハァ、と大きなため息を吐きながら先輩はすぐに無下限を解いた。それから半ば押し付けるようにして私のほうへとずいと差し出してくる。ムッとなりながらも小銭を渡そうとすれば、「奢りな」と言って先輩は近くのソファーへと腰を下ろしてペットボトルのキャップを捻った。
先輩の奢りだなんて何かろくでもないことを企んでいるのか?しかし口に出したら何だか面倒になりそうだからここは黙っておく。
それはそれとして奢られてしまった上にその場で休まれたら自分だけ先に部屋に戻るのも何だか気が引ける。先輩はそういうことあんまり気にしないタイプっぽいけど。先輩としての権力を理不尽に使うことはあるけど。

「……私これでも一応先輩のこと尊敬してるんですよ」
「なんかその言い方すっげー腹立つんだけど。大いに尊敬しろよ」
「だから今日の任務、自分の不甲斐なさに腹が立ってしょうがなかったです」
「人の話聞いてる?」

自販機のそばに立ったままぐびぐびと喉を潤せば幾分思考がスッキリとしていく気がした。
呪術師として強くなりたい。雑魚だと言われようと、先輩の足元には及ばなくとも、せめて先輩にとって信頼を得られるくらいの存在になりたい。

「……なまえは別に強くなんてならなくていい。ただでさえ呪術師は人手が少ないんだし、死なない程度にやってればそれでいんじゃね?」
「雑魚は雑魚らしく身のほどを弁えろってことですか」
「ホント可愛げねぇな」
「それさっきも聞きました」

最強の先輩に言われたらそういう意味にしか聞こえないんだけど?頑張ったところで追いつけるわけないんだからそこそこの呪霊祓ってぬるい正義感にでも浸ってろってそういうことじゃないの?
先輩が何を言いたいのかわからず頭を捻っていれば、ソファーから立ち上がった先輩が近づいてきて思わず顔を見上げる。

「悔しがる気持ちもわかるけど、まーなんだ、無理すんなってことだよ」

そう言って手が伸びてきて頭に重みがかかる。何をされたのかイマイチ理解できず口を開けたまま先輩を見ると、すぐに目を逸らして談話室を後にした。
近くで見た先輩は何だか心なしか頬が赤かったような気がするけど湯船にでも浸かりすぎたのか。そんなことを考えている私も先輩に触れられた場所に、今になって妙なくすぐったさを感じている。
励ましのつもりなら、もっとわかりやすく言ってくれないと雑魚の私にはわからないよ。


「雑魚だとか悪態つくようなこと言ってる暇があったら素直に怪我させたくないからって言えばいいじゃんって思わない?なまえからしたら不服かもしれないけど」
「悟に言われる度に本気で悔しがってるからね。悟も恋愛に関してはてんで不器用だから困ったものだよ」
「あの二人いつになったら進展すると思う?」
「それは悟次第じゃないかな」
「アイツホントめんどくさい奴だな」


2023/04/09
title:箱庭

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