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紅色の誘惑

『僕がいる限り面白くならないわけがない』

召喚の際に自身でそう言っていた高杉さんがノウム・カルデアに来てからまだ日は浅い。しかし常に面白いことを求めている高杉さんはよくカルデア内をうろついてはいろんな場所に顔を出している。それはそれで構わないし、カルデアでの生活をそれなりに楽しんでいるのなら何よりだ。むしろいつまでほっつき歩いているんだと文句を言いたくなるくらい姿を見せないことすらある。
それなのに――目を覚ましたら当然のように隣で寝ていたりするのだから、高杉さんの距離感と気まぐれさにはつい呆れてしまう。

(またわたしのベッドで寝てる……)

眠りから覚め、ふと隣に人の気配を感じて寝返りを打ってみれば紅色の長髪と端正な顔立ちが視界を埋めた。気持ち良さそうに静かな寝息を立てている姿に、わけもなく照れてしまう。
サーヴァントがマイルームに出入りすることなんて日常茶飯事だから今更驚くことはないけれど、とはいえ起きたら隣で男性が寝ているというのはやはり心臓に悪い。相手が高杉さんであるなら尚更だった。

(何も隣で寝なくたっていいのに……)

穏やかな寝顔に小さく口を尖らせて独りごちる。
サーヴァントは食事も睡眠も基本的には必要としない。霊体化しているのが一番効率がいいことは誰もがわかっていることだ。しかしサーヴァントによって考え方はさまざまで、わたしたちのように普通の人間と同じ生活をする者たちもいる。それは大いに結構なことだ。だが生身の人間と同じようにお酒で盛り上がって羽目を外すとなれば話は別だ。
以前も以蔵さんたちと派手に騒いだ足でここにやってきた前科があるから、大方今回もそうなのだろうとすぐに理解した。だからと言ってわざわざわたしの部屋に来る意図はなんなのか、その真意はわからないけれど高杉さんのことだからきっとただの気まぐれに違いない。部屋に入られて困ることなどないけれど――唯一あるとすれば寝顔を見て「面白い寝顔だな」と思われてたら嫌だなぁと思うくらい。

「ん……」

寝顔を見つめながらぼんやりとしていれば、意識を浮上させた高杉さんが小さく声を漏らして身動ぎをする。「起きました?」と静かに声を掛けると、寝ぼけ眼が私の瞳を捉えた。

「もう朝か……」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」

掠れた声で小さく唸り声を上げながら高杉さんは上体を起こす。解かれた髪が少し乱れていて、艶やかな姿に思わずドキリとする。腰まである紅は目を奪われるほどに綺麗で、起き抜けの霞んだ思考のせいでうっかり手を伸ばしそうになってしまう。
契約している関係とはいえ気安く触れるような仲ではない。高杉さんのほうからはわりと触れられることはあるけれど……。
許可を取れば承諾してくれるだろうか。欠伸をしている横でわたしも上体を起こし、思っていることを素直に問いかけてみる。

「高杉さんの髪っていつ見ても綺麗ですよね」
「ん?起き抜けになんだよ。褒めたって何も出やしないぞ」
「別にそういう意味では……。触ってみたいなぁって。ダメですか?」

おずおずと聞いてみれば、高杉さんはふむ、と何か思案した素振りを見せて口を開く。

「別に減るもんでもないし断る理由もないが、タダで触らせるのは面白くないよな」
「何かしろと?」
「君、察しがいいね!じゃあ早速何か面白いことしてくれたまえ」
「えっ」

高杉さんはニコニコと明るい笑みでわたしを見ている。その笑顔がプレッシャーを強調していてなんだか居心地が悪い。面白いことを常に求めている彼の無茶振りなんて今に始まったことではないけれど、これはさすがに無茶振りがすぎる。起きたばかりで思考が上手く働かない状態でそんなことを言われても、まともなものなんて思い浮かぶはずもない。しかし面白いことが好きな高杉さんに「つまらん奴だ」とだけは言われたくない。どうせなら思いっきり笑わせるくらいのことをしたい。変顔?一発ギャグ?モノマネ?
急に振られてテンパりつつも何とか期待に応えるべく必死で考えていれば、突如高杉さんの吹き出した声がして顔を上げて高杉さんを見る。

「はははっ、やっぱ面白いな君」
「?わたしまだ何もしてないですけど……」

高杉さんの“面白い”の基準は控えめに言って広すぎるため何をどう思ってわたしを面白いと言ったのか皆目見当もつかない。疑問符を飛ばしていれば、高杉さんはけらけらと笑っていた表情から柔和な笑みへと変化していた。

「君、ノリがいいくせに変なとこで真面目だよな〜」
「高杉さんにつまらない人間だと思われるのはなんだか嫌なので」
「安心したまえ。君は充分に面白いぞ。僕がそう言ってるんだから、それでいいだろ?」

高杉さんが発する言葉には自然と勇気が湧いてきたり活力をもらえたりするから不思議だ。言霊が宿るというのはこういうことなのだろうか。サーヴァントを使役する立場の人間がこんなことを言うのは少し変かもしれないが、ついていきたいと素直に思えるのはきっと彼の素質でもあり魅力でもあるのだろう。

「はい、ありがとうございます」
「そういうことだ、満足するまで触りたまえ」
「わっ!?」

いきなり手を取られたかと思えば次の瞬間、高杉さんの顔が目の前に現れて驚きのあまり大きく目を見開く。隣で寝ていた時よりもずっと近い距離にわかりやすく体が固まってしまう。

「どうした?触りたいんじゃないのか?」

わざとらしく耳元で囁かれて、これはからかわれているなと察する。
わたしの気持ちを知ってか知らずか、高杉さんはたまにこういうことをしてくるから人が悪い。ここで高杉さんの予想を超えるような突拍子もないこと――たとえば口を塞いでやるとかわたしから押し倒してみるとか……そんなことをしたらそれも「面白い」と言って笑ってくれるのだろうか。出来もしないしやるつもりもないけれど。

「それとも僕の色男ぶりにやられてそれどころじゃないか?」
「……そうですね」
「ははっ、君は本当に素直だな」
「どうも……?」
「面白い以上に見ていて飽きないところが好きだぞ、僕は!君も、僕といる限り退屈なんてさせないからな。これからも大いに期待してくれていいぞ」

そう言ってわたしの髪を掬って破顔した。
この胸の高鳴りが消えない限り、わたしはきっと高杉さんには一生勝てない。


2023/03/25

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