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君がしあわせならそれで世界は満ちていくんだ

「誕生日おめでとう。はい、プレゼント。と、ケーキ」
「ありがとう」

郁弥の家を訪ねて開口一番に祝福の言葉を紡げば、目の前の彼は一瞬目を見張ったあと素直にお礼を口にした。

「外寒かったでしょ、早く上がって」
「ありがとう。お邪魔します」


恋人の誕生日ともなれば喜んでもらいたいと思うのは当然だ。年明けから何をプレゼントするか頭を悩ませていたけれど、ある日の出来事をきっかけにすんなりと決まった。むしろ即決に近かった。
プレゼントを買いに行く数日前――郁弥の家に泊まりに行った時に、郁弥のパジャマに汚れが付いているのを発見した。その時タイミング的にもちょうどいいと思って「今年の誕生日プレゼント、パジャマっていうのはどう?」と本人に率直に伝えれば、「でもまだ着れるし……」と渋っていた。
確かにパジャマとなると多少の汚れやヨレなどがあっても「まあいいか」と思ってしまうものだ。ただでさえ郁弥は服に限らず元々無頓着な性格だし、今着ているものだって夏也くんからのアメリカ土産のものをそのまま着ているに過ぎない。とは言え、よくわからないイラストが描かれたともなれば部屋着になるのは必然と言うべきか。外で郁弥が着ていたらちょっとショックを受けるかもしれない。夏也くん、私服のセンスは悪くないのにこういう時たまに変なの買ってくるんだよね……。



「ケーキ、この前話してたお店のなんだね」

家を訪ねる前に駅前で買ったケーキがお皿に移された状態でテーブルに置かれる。
郁弥の誕生日だし私がやるよと言ったけれど「なまえは座ってて」とそのままキッチンへと行ってしまい、仕方なくソファーで大人しく待っていた。せめて飲み物くらいは手伝おうと思ったのに待ち合わせ時間から逆算したのか、家に上がってすぐに用意されてしまえばもはや私の出る幕はないに等しい。会うのを楽しみにしていたという気持ちの表れなのだとしたら――そこは大いに自惚れてしまうけれど。
ケーキと飲み物が揃ったところで、先程渡したプレゼントの紙袋を手に郁弥が隣に腰を下ろす。

「郁弥が美味しそうって言ってたからこれしかないと思って」

すべては郁弥の喜ぶ顔が見たいから。サプライズが得意でない分、こうして日常の何気ないやり取りから郁弥が求めているものは何か――思考を巡らせる時間は不思議と心がわくわくして楽しい気持ちになる。

「でも今はこっちのほうが気になる。プレゼント開けていい?」
「もちろん。私も郁弥もサプライズは得意じゃないから前に話してたパジャマにしたよ」

郁弥が袋から取り出そうとしているところから自らネタバレをする。
自分で買わない物こそプレゼントとして渡せば、郁弥も心置きなく使ってくれるかなというのが私の思惑だ。今着ている物が土産物やお下がりとはいえ、人からもらった物であるとなると多少の罪悪感が生まれるけれど……。ごめん夏也くん……!と心の中で手を合わせる。

「わ……なんかすごいもこもこしてる」
「マシュマロみたいで肌触りいいでしょ?」
「うん、なんかずっと触ってたくなる感じ」

物珍しそうな表情を見せながら郁弥は手にしたウェアに手を滑らせていた。そんな郁弥を横目に自身のバッグの横に置いた紙袋に視線をやる。
即決したのにはもうひとつ理由があった。それは郁弥にプレゼントしたウェアは男性用で、購入した店舗では女性用も販売されていた。目玉商品なのかお店の入り口の一番目立つ場所に、まるでカップルで着るものだと言わんばかりにディスプレイされていた。
そういえば郁弥とお揃いのものって持ってなかった気がする……とマネキンを眺めながら、私たちが着た姿を想像する。何だか恥ずかしくなって、けれど買わないなんて選択肢は存在していなくて。
引き寄せられるように2セットを手にレジへと向かった足取りは軽く、でも少しだけ緊張感に包まれていた。


「……なまえも何か買ったの?」
「へ!?」
「同じお店の袋があるから」

私が見ていたことに気付いたらしい郁弥が問いかけてくる。ここはなんて答えるべきか。いや、付き合ってるんだし別に隠す必要なんてないんだけど!事前にお揃いにしようと提案したならまだしも、事後報告で知られるのはなんだか恥ずかしいものがある。けれど郁弥の誕生日に変な意地を張ってもしょうがない。

「その……元々ここのお店女性用を取り扱ってて新商品でたまたま男性用が販売されてからプレゼントにしたんだけどちょうどいいから私も買い替えようかなーって思って!」

しどろもどろになりながら早口で答える。恥ずかしくなって顔を逸らせば、郁弥の腕が後ろからゆっくりと伸びてきてそのまま抱き竦められた。
郁弥の頬が耳元を掠めるくらいに近い。小さな吐息が私の鼓膜を大きく揺らして少しの身動ぎすらも憚られる。むしろ郁弥のほうからまるで猫みたいに擦り寄せている気さえする。
誕生日で気分がいいからなのか、今日の郁弥はずいぶんと素直に甘えてきて私の心臓はいつになく忙しない。

「じゃあおそろいだね」
「……うん、」
「照れてるの?」
「重いとかって思わない?」
「そんなこと思わないよ。むしろ僕もなまえとおそろいの物持ってなかったなーって思ってたから嬉しい」

耳元で紡がれる言葉は優しさで溢れていて、声音はこの上なく甘くて心地いい。本当に心からそう思っていることが伝わってきて、喜んでもらえたなら良かったと私自身も嬉しい気持ちでいっぱいだった。
二の腕を抱いていた郁弥の腕にきゅっと力がこもる。背中全体に感じるあたたかさはドキドキ以上に安らぎを与えてくれる。こうして触れ合うことは何度もあったけれど、今日ほどずっとこのままでいたいと思ったのは初めてかもしれない。それはきっと郁弥の想いがこれ以上ないほどに伝わってくるからなんだと思う。

「……お祝いしてくれてありがとう。大事にするね」
「私のウェア、お泊まり用で郁弥の家に置いていってもいい?」

なんて、持って来ている時点でその気しかないのだけれど。

「いいよ。……今日は早めにお風呂済ませて一緒に寝よう」
「そんなに早く着たいの?」
「それもあるけど……なまえの着た姿が見たいんだ」
「っ、そう言われると着にくい……」

ただでさえ女性用はショートパンツで素肌を見せる面積が広いというのに。なんて口では言いながらも、頭の片隅でそうなることを視野に入れて前日に入念にマッサージをしてきたのはここだけの話だ。
顔を俯かせていれば、私を抱きしめていた手がゆるりと指先へと移っていく。包み込むように、密着させるように。まるで郁弥の心を体現しているかのように隙間なく絡められる。

「……ねぇ、今日くらいは僕のわがまま、聞いてくれるでしょ?」

心をときめかせている中でとどめを刺すかのように甘えた声でそんなことを言われてしまったら、嘘でも嫌だなんて言えるわけがないということにきっと郁弥は気付いていないんだろうな。


2023/03/02
title:金星

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