other

とっくのとうに君のもの

「なまえ!一緒に凪んとこ行こうぜ」

午前授業が終わり、道具を片付けていると玲王が颯爽と声を掛けてきた。彼が私を呼んだ瞬間、クラスの女子の視線が一斉にこちらに向く。ハンターのように鋭い視線が痛いほど突き刺さって気が気ではない。そんな女子たちの視線に気付いているのかいないのか、まるでものともしない玲王は爽やかなオーラを纏って私の返事を待っていた。

「あー……ごめん、あとで行くから先に行ってて」

なるべく口を動かさず小声でそう伝えれば玲王は「了解」と一言返事をして、クラスの女子たちの視線を攫っていった。
クラスどころか学校の中心人物、歩く高級ブランドとノーブランドの私が一緒にいるところを目にしようものなら有無を言わさず女子の標的である。

「ねぇ――」

玲王が出ていって安堵のため息を吐いた途端、玲王のファンらしい女子に囲まれた。その先を想像するだけで気が重い。
せめてお昼だけは食べられますように――……



「お待たせ〜……」
「おう遅かったじゃねーか。もう俺ら食い終わっちまったぞ」

あれからしばらくして屋上へと足を運べば、玲王はスマホをいじりながら休憩していた。凪はすでにお昼寝タイムらしい。赤ちゃんか。
あの後予想通りと言わんばかりに質問攻めにあった。玲王とどういう関係なのか、付き合ってるのかなどと矢継ぎ早にあれこれ言われ、素直に否定したが当然の如く彼女たちが信じるはずもない。しかし誤解されたままだと玲王にも迷惑が掛かるし、何より女を敵に回すと厄介なのはすでに体験済みだ。だから私は捨て身の覚悟で彼女たちにありのままの事実を語った。
私は玲王ではなく彼とよくいる凪のことが好きなのだと。それで接点のある彼に話を聞いてもらっているだけで決してそういう関係ではないと。
最初こそ訝しげな表情をしていた彼女たちだったが、私の必死の思いが伝わったのか、コロリと態度を変えて軽快なトーンで「なんだー」「だよね〜」「良かったあ」などとこぼしていた。私としてはこんなところで凪への想いを打ち明けることになって恥ずかしいことこの上ない。むしろ「凪って誰?」「隣のクラスの万年寝太郎って言われてる奴じゃない?」「あーあの変わり者?」となかなかの言われ様だった。疑惑は晴れたのに何だかすっきりしない気分なのは気のせいか。

「寝太郎の魅力は私だけが知ってればいい」

彼女たちの言葉を思い出しながら購買で買ったパンに勢いよくかぶりつく。凪が寝ているのをいいことについ本音がこぼれてしまった。
確かに傍から見たらいつも寝ているやる気のない変わり者かもしれないけど。私も最初はそのイメージしかなかったけど。今はそれだけではないことを私は知っている。

玲王に誘われてサッカーを始めたという彼をたまたま目にした時、普段とのギャップに一瞬にして恋に落ちた。それは小学生の頃に足が速い子を好きになった時と同じ感覚で、我ながら単純すぎにも程があるだろうとちょっと呆れた。けれど寝太郎と言われている凪が生き生きとサッカーをしている姿は本当に格好良くて、心を奪われるとはこういうことなんだと思い知らされた。
それがきっかけで部活をこっそり眺めていたら、ある日同じクラスの玲王に「最近いつも凪のこと見てるよな」と話しかけられた。そうして玲王と関わりが増えて相談を持ちかけるようになった。話のわかる玲王が早々と取り持ってくれたおかげでこうして話をする仲まで漕ぎつけたが、肝心の告白は未だ出来ずにいる。

「なんだ?女子たちに何か言われたのか?」
「玲王との関係誤解されてるから正直に話したら寝太郎がディスられた。解せぬ」

チラリと凪へと視線をやって話せば、玲王は「なるほどな〜」と漏らす。「確かに宝物を悪く言われたら俺もいい気はしない」と言った声が普段の玲王からは想像出来ないくらい低くてさすがの私もちょっと背筋が凍った。過激派コワイ。

「別に俺たちの間にやましいことなんかねーんだから堂々としてりゃいい。ただもし何か嫌がらせとかされたらその時はすぐに言えよ」

こういうことをサラッと言えるんだからそりゃモテるわけだ。今頃私が玲王のことを好きになっていたら色々ととんでもないことになっていたかもしれない。

「ねぇ、寝太郎って誰のこと?」

玲王との会話に突如割ってきた声に視線をやれば、ベンチで寝ていた凪が顔に皺を作りながら問いかけてきた。「外まぶしい……」と上体を起こした凪は、未だ寝ぼけ眼で頭をポリポリと掻いている。
サッカーをしている姿を好きになったのに、普段のこういうところにもきゅんとしてしまう自分がいるのは凄まじいギャップのせいか、はたまた私が盲目的になっているだけか、いずれにせよ思った以上に重症らしい。

「それはなまえの――」
「凪!起きたの!?あーもうフードしわくちゃになってるじゃん!直してあげる!」

玲王の突然の爆弾発言を遮るように光の速さで立ち上がり、凪のフードをいたずらに整える。
玲王の発言で内心ものすごく焦っているのに、普段見ることの出来ないつむじを見て焦りとは別の意味で鼓動が高鳴る。色素の薄いわたあめみたいに柔らかそうな髪につい手を伸ばしたくなったが、そんなことをしたらまともな言い訳をするのは難しい。触れたい欲を抑えてあくまで平静を保つ。

「はいっ、これで大丈夫」
「ありがとー」
「……凪も元は悪くないんだから」

ありのままの思いを独りごちる。ちゃんとすればいいのに――続けようと思っていた言葉は声にはしなかった。だってちゃんとして他の子が凪の魅力に気付いたら嫌だから。
フードを直し終えてそのまま昼食を再開しようとすれば、不意に凪に腕を掴まれて引き止められる。いつもは私を見下ろしている視線が今日は見上げる形になっていて、その丸い瞳にじっと見つめられて思わず息を飲んだ。目は口ほどに物を言うとは言うがそれでも彼の胸中は知り得ない。なのに私の想いは見透かされているような気がして変に緊張してしまう。

「それって俺のことカッコイイって思ってるってこと?」
「え、っと、それは、まあ……悪くはないんじゃない?一般論だけど……」

いつになくストレートな凪に「凪の方がカッコイイよ」なんて素直に言えるわけもなく、何とも曖昧な返事をする。
気まずくて凪から視線を逸らせば、玲王が呆れたような表情をしているのが目に入った。だってしょうがないじゃん恥ずかしくて言えるわけない!

「じゃあ、好き?」
「っ、それは……知らない、」
「なまえって案外強情なの?」

掴んだ手を離さないまま凪は逆の手を顎に当てて考える仕草をする。
そろそろ助け舟を出してくれてもいいんじゃないかという思いを込めてそっと玲王を見れば、あろうことが凪の言葉に乗っかるように「なまえは好きな相手ほど本音を言わないからな」なんてぶっ込んできた。こんなところで見捨てるというのか御曹司め……!

「ふーん……じゃあ直接確かめるしかないね」
「凪?」
「ねぇ玲王。相手の嫌がることはしちゃだめなんでしょ」
「おう、もちろんだ」
「だってさ。だからそうじゃないってなまえが証明してよ」
「だからなんの話、」
「俺は先に教室戻ってんぞー」

何かを察した玲王はひらひらと手を振ってそのまま屋上を後にしてしまった。いや、その何かは私だって薄々気付いている。
めんどくさがりで他人に執着しない凪がこんなにも積極的に来る時点で、私はもう都合のいい受け取り方をしているのだから。懐いているというだけでは収まりきらない感情を凪はやんわりと、しかし確実な意思を持って私に向けている。
掴まれていた腕がさらに凪の方へと引き寄せられて、反射的に凪の肩へと手が触れる。至近距離で目が合って、ああもうダメだと悟った。その瞳からは逃れられない。

「めんどくさいって思ってたけどこの気持ちを知らなかった頃の俺にはもう戻れない。なまえが俺をこんな風にしたんだよ」

凪の顔が近づいてくる――私にはもう、迫り来る未来に全力で白旗を挙げるしか道は残されていないのだ。


2023/02/01
title:金星

back
- ナノ -