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ふたりだとどうしてだかあったかいんだよ

「ねぇ、充電器持ってない?」

彼と初めて話したのはそれがきっかけだった。

校内の一角の空き教室――物置になっているそこはたまたま見つけた穴場だった。
人が寄ってこないと知ってから昼休みはここに入り浸った。昼食を摂り、その後読書をしたり音楽を聴いたり窓から見える校庭をぼんやりと眺めたりするのが好きだった。
しかしある日いつものように訪れたら先客がいた。白い頭、パーカーにジャケットという着こなし。同じクラスの凪誠士郎だった。
突如として現れた人物に聖域を侵されたことにため息を吐きたくなったが、教室での彼を見る限り寝てるかゲームをしているかの印象しかない。無駄に話しかけてくるタイプではなく特に害はなさそうだと判断した私は、ポーチからモバイルバッテリーを取り出して彼に差し出した。
緩いトーンでお礼を述べて再びゲームに視線を戻す彼を一瞥して私は窓際の席に着く。静かにしているなら同じ空間にいることもやぶさかではない。
窓から差し込む柔らかな日差しと満たされたお腹で昼寝の相乗効果は抜群だ。イヤホンをして机に突っ伏してそのまま静かに微睡んでいた。

その日以来、度々凪はここへとやって来るようになり、その度同じ台詞を口にするようになった。最初はお礼を言われてはい終わり、だったものがいつしか一言二言と会話が増えていった。

「充電器貸してー」
「毎回借りるくらいならそろそろ自分で買ったら?」
「えー荷物になるし持ち歩くのめんどくさいじゃん」
「レンタル料1000円」

凪の一言に眉根を寄せながら手を出せば、凪はあらゆるポケットをまさぐった後「あー財布鞄の中だ」と呟いた。

「あとででいーい?」
「冗談に決まってんでしょ」

そう言ってバッテリーを彼へと差し出す。物言いたげに口を某キャラクターのようにしている彼を見て、私の中のカワイイセンサーが反応してしまったことには気づかないふりをしておく。
調子のいい奴と知りながらも律儀に貸すのは、いつからかお礼とともに飲み物が添えられるようになったからだ。決して買収されたわけではない。
夏は冷たかった物が秋になると温かい物になっていて、その気遣いに密かに胸をざわつかせていた。こんな100円ちょっとで絆される自分自身には呆れるしかないが、正直貸すことやお礼の飲み物は別にどうでも良かった。
同じ空間にいたってずっと会話をするわけでもない。それでもこうして教室以外で、この場所で顔を合わせる時間が増えてからいつの間にか私の心の隅には凪が居座るようになった。

「じゃあ体で払う」
「だから冗談だって。てかその言い方なんか嫌だし大体私に何のメリットが――」

机に置いたバッテリーをそっちのけで、凪は徐に私の後ろの机に腰を下ろしてそのまま肩を包むように抱きしめた。

「ちょっ、凪……!?」

視線だけを凪の方へ向けながら、窓の向こうにベンチでスマホをいじりながら休憩している生徒や出歩く生徒たちを視界に捉える。誰かに見られてたらどうしようという緊張感が脳内を支配する。

「あるでしょ。俺もきみのこと好きだし」

しかしそんなことすらも忘れさせる甘い声が耳を刺激する。
離して、と言いたくても言えない。腕も解けない。自分すらも認めえない気持ちを凪は見抜いている。気だるげな瞳を侮ってはならないとここにきて気付かされた。
何も言えずに黙りこくったまま体温を上昇させる私の反応が予想通りだったのか、凪は「ん、思った通りだ」と納得したように呟いた。

「好きっていっても具体的な理由とかはわかんないけど。でも感覚的にこうしたいって思ったから」

ぎゅう、と抱きしめる力が強くなって背中に体重がかかる。
隙間なく埋められた温もりにいよいよ耐えられなくなり、彼の名前を呼んで腕に手をかければ耳元で静かな寝息を漏らしていた。え、嘘でしょこのタイミングで寝る……!?

「凪?寝てるの?」

慌てて声を掛けるも返事なし。どうしよう、どうする!?
教室の掛け時計に目をやれば昼休みの終了時刻まではあと15分。我慢、するしかないか。窓の外には相変わらず生徒たちがチラホラいる。
どうか見つかりませんように。誰も来ませんように。
そう願いながら降って湧いたひとときを密かに堪能するように、凪の腕にそっと自分の手を重ねた。


「……私も凪のこと好きだよ」


2023/01/28
title:まばたき

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