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スパンコールラッシュの前触れ

 取材を始めて数十分。駅前の広場でカメラを構えていると、ふとレンズ越しに一人の女が映り込む。

「ん?あれは……なまえか……?」

 カメラから直接その人物へと視線を移せば、セットされた髪に普段はしない化粧、淡い色のワンピースにショールを羽織り、足元はヒールのついたミュール――ずいぶんと洒落込んだ格好をしていた。
 どうやら結婚式に出席した帰りらしく、普段とは見違えるその姿に思わずまじまじと観察してしまう。大人しめな彼女からは想像も出来ないくらいきらめいていて、華やかだ。

「フム……馬子にも衣装ってやつかな」

 いや、元が悪くないからちょいと違うか?とりあえずカメラのシャッターを切ってその姿をフィルムに収めておく。
 しかし華やかな格好とは裏腹に彼女の表情はどこか曇っているように見えた。いや、何か痛みに耐えているような顔か。足を引きずりながら改札を出たところできょろきょろとしながら立ちすくんでいる。ああ、さては慣れない靴を履いて靴擦れを起こしたのか?バカなやつめ。
 すぐに声を掛ける事をせずしばらくその様子を観察してみる。康一くんが一緒にいたら意地悪だとか言われそうだがまあいい。
 すると彼女は鞄から財布を取り出し中身を確認した後、深いため息を吐いて落胆していた。

「…………」

 ぼくが彼女を助ける義理はない。困った事になろうがぼくには関係ない。見てみぬフリをしてこの場から立ち去ってしまえばいい。だがなぜだかそんな彼女を見過ごす事が出来なかった。

「人助けなんてガラじゃあないんだがなぁ」

 どうにも彼女には調子を狂わされてならない。放っておけないのも、彼女のまっすぐな性格故か。
 まあ、ぼくとてそこまで無慈悲なヤツじゃあないからな、相手が仗助のようなクソッタレでなければ手を貸す事くらいはする。

 ため息をひとつ吐いておもむろに彼女の元へと歩みを進めれば、俯いていた顔がぼくに向けられる。
 さっきは遠巻きでよく見えなかったが……薄付きのピンクのチークにツヤのあるグロスでいつもより厚みのある唇――ほう、女らしさってやつはそれなりにあるじゃあないか。

「あ、露伴先生……こんにちは」
「君の事をずっと見ていたんだが、どうやら困っているらしいね」

 「靴擦れしてる上に金もない」足元と鞄を指差して言ってのければ、彼女は眉を下げ困ったように笑い「そうなんです」と答えた。

「しかもそこの階段で足くじいちゃって……」
「とんだ間抜けだな」
「それをよりによって露伴先生に見られちゃうなんて……。またからかわれちゃいますね」
「その通りだぜ。まったく情けないヤツだな、君は。ぼくにそんな醜態を見られちまってさァ」

 違う、そんな事を言うために声を掛けたんじゃあない。
 一言「タクシーで送ってやる」と言えばいいだけなのにどうして素直に言えないんだ。あれか?いつも捻くれた事ばかり言ってるからか?だとしたらそれは仗助のせいだ。理不尽?ぼくの知ったこっちゃあない。

「本当にその通りです……」
「……とりあえずそこのタクシーの停留所までは我慢して歩くんだな」
「え?あの、露伴先生?」

 違う違うッ!ここはなまえの足を気遣って手を貸すなりするところなんじゃあないのか!?なのに何一人でスタスタと歩いてるんだぼくは!本当に康一くんがいたら色々と注意されそうだ。しかししょうがないだろう、女の子の扱い方なんてぼくにわかるわけがない。相手がなまえならなおさらだ。

(こういう時はどうすりゃいいんだ!)

 居心地の悪い気持ちを抱えながらちらりと後ろを振り返ってみれば、きょとんとしながらも今の状況がよくわからないといったような彼女の困惑した顔が映る。
 あーもう本当に彼女が相手だと色々とやりにくくてしょうがない。素直に振る舞おうと思っても結局口からは悪態をつくような言葉しか出てこないんだからな。

「ぼくもちょうど帰るところだったからついでに乗っけてってやるよ」

 本来ならなまえの怪我なんてヘブンズ・ドアーで書き込めばすぐに治る。でもそれじゃあ面白くない。何よりなまえという人物を深く知りたいと思ったんだ。

「でも私、手持ちないですし……」
「なんだ?ぼくがたかがタクシー代で高校生の君からあとで金を請求するようなろくでもない人間だとでも思ってるのか?」
「いえ、そんな事全然思ってません!単純に申し訳ないな、と思って……。何かお金に代わるお礼が出来ればいいんですけど……」
「……フン」

 ふるふると首を横に振って即答するなまえに何とも言えない気分に包まれる。大体、ここまでぼくの事を何の疑いもなく好意的に見ているというのもおかしな話だ。ぼくはなまえに対して素直に優しくしたりなどしていないというのに。

「とにかく、年上の言う事は素直に聞いておけばいいんだぜ」
「では、お言葉に甘えて……」

 「ありがとうございます、露伴先生」と丁寧に礼を言って笑みを見せるなまえを無視して手を取る。さっき出来なかったのが嘘のように、流れるようにするりと。
 停留所までの短い距離を、なまえの怪我を考慮して歩幅を合わせてゆっくり歩く。普通に歩けばすぐ着く距離にじれったさを感じつつも、しかしそれほど気にならなかった。

「……露伴先生ってすごく優しいんですね」
「何だよ、いきなり」
「いえ、仗助くんたちは先生の事すごい嫌な奴、みたいな風に言ってましたけど、全然そんな事ないのになぁと」

 仗助の言ってる事は間違っちゃあいない。別にぼくは優しい人間なんかじゃあないしな。助けた事に理由があるとしたらそれはなまえだったから、だ。

「ただの気まぐれだよ。無一文の君があまりに憐れで見るに耐えなかったってだけだ」
「でもその気まぐれに助けられました。あ、そうだ!お礼、どうしたらいいですか?」
「ああ、礼ね。別に見返りなんて求めちゃいないが、強いて言うならそうだな……君の事を読ませてもらおうかな」
「読む?」

 読むといっても作品に生かすためじゃあない。純粋にぼくがなまえの事を知りたいからだ。今までの事を余す事なく知りたいし、出来る事なら本には書かれていないこれから先の事も――。

 頭に疑問符を浮かべているなまえを先にタクシーに乗せてから、行き先を尋ねてきた運転手に住所を告げる。行き先はもちろん――

「君ともっと話がしたい。今からぼくの家に来ちゃあくれないか?」

 今まで彼女に対する自分の気持ちを考えた事はなかったが、ようやくわかった気がする。
 どうやらぼくは恋ってやつをしているみたいだ。


2016/12/10
title:コペンハーゲンの庭で

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