飛び越えろボーダーライン
私にとって彼らはサッカー界の将来を期待する存在であり、それ以上でもそれ以下でもない。
“青い監獄”においては少しでも過ごしやすい環境で集中してプレーしてもらうために陰ながらサポートするのが私の役割だ。だから施設内で会っても挨拶をする程度で無駄な接触は控えているのだが、彼らも普通の高校生だ。ただでさえ外部との接触を断ち切られているため、試合やトレーニングがない自由時間ともなると結構話しかけられたりする。私もサッカーについて色々話を聞けたりして有意義な時間を過ごせるから、彼らと会話をするのは素直に嬉しいし楽しい。
そう、みんな命をかけてここまでやってきている。だから好意なんてものが向けられるなんて微塵も思っていなかったし、考えたこともなかった。
「あの、凛くんこれは一体……?」
私はいま凛くんに後ろから抱きしめられている状態で、どうしてこうなったのか皆目検討もつかずにいた。
なるべく人がいない時間を狙ってトレーニングルームへ道具や備品の点検とチェックに来てみれば、先客――凛くんが一人でストレッチをしていた。他の子に比べて凛くんとは出会う確率が高いから、彼はきっと人のいない時間を狙って来ているのだろう。一匹狼のような、あまり人と群れたりしないストイックさがあることは見ていて何となく感じていたから。
気が散るといけないと思い出直そうかと思った矢先、ちょうど終わったらしい凛くんが話しかけてきた。そしてそのまま軽く会話をしていたはずだったのに――気づけば凛くんの腕が体に巻きついてきて今に至る。……だからどうしてこうなった?
「俺だって四六時中サッカーのこと考えてるわけじゃねぇ」
「うん……?」
「お前のこと考えたりもする。つか最近そればっかなんだよ」
じんわりと全身が汗ばんでいる熱が背中全体に流れてくる。
これは、もしかしなくても告白……されているのだろうか。抱きしめる腕に力が入ったところでひとまず離すよう伝えれば意外にも素直に解いてくれた。向き合ったところで小さく深呼吸をする。
「凛くんの気持ちは嬉しいけど、ここには世界一のストライカーになるために来てるんでしょ?だったらそれ以外のことは雑念でしかないよ」
「それとこれとは話が別だ。俺はお前の気持ちが知りたいんだよ」
真剣な瞳に見つめられて、これはしっかりと答えなくてはいけないと思った。
一番の理由は彼も私もサッカーが第一であること。そしてもうひとつは年齢の差。お互い成人していれば大したことではないが、彼はまだ16歳だ。ただでさえ高校で好意の眼差しや告白などを受けているであろう学生に、正直なところ異性としての感情はないに等しかった。
そのことを正直に伝えれば凛くんは舌打ちとともに一歩距離を詰めてくる。あまりの至近距離に一定の距離を保とうと後ずさりすれば、腕を掴まれてあろうことかキスをするかのように顔を近づけてきた。というかその意図を明らかに感じとって慌てて手を出してストップをかける。
「ちょちょちょ凛くん!?」
「なんだよ」
「なんだよじゃなくて!私の話聞いてた!?」
「聞いてたからこうしてんだろうが」
いやいやいや意味がわからない。見るからに不機嫌そうな顔でそんなこと言われましても。普通断られたら諦めるものじゃないの?もしかして凛くんは逆に火がつくタイプなの?
「年の差を理由に断ってんなら、んなもんぶっ壊してやるよ。俺にとっちゃ些細なことだ」
「そうは言うけどね、実際未成年と成人の差って大きいんだよ」
「グダグダうるせーな。いいから好きか嫌いで答えろ」
どんどん口が悪くなる凛くんに内心頭を抱える。最初から悪いけど……なんて言ったら火に油を注ぎかねないので黙っておくけれど。
「そりゃあそう聞かれたら好きだよ?ただ恋愛的な意味ではないかな。そもそも私が凛くんに手出したら犯罪だからね。その差は大きいよ」
「もういい黙れ」
教えを説いていた口は彼のたったひとつの口付けによって私が言っていたことを一瞬にしてすべて無に帰した。
あまりの驚きで目を丸くしながらされるがままに棒立ち状態だ。そんな中で凛くんが上半身をこれでもかと屈めているのがわかって、その身長差を今の状況の中でぼんやりと実感していた。
少ししてその柔らかいものが離れていき、凛くんは続ける。
「俺からなら問題ねぇだろ」
「いやあ……アリじゃない……?」
いや、ナシか?うわの空で思考が上手く働かなくて正常な判断が出来ない。というかこうなってしまった以上もうどうにも出来ないし。
「なしだとしても関係ねぇよ。既成事実を作ったまでだ」
「えーっとそれってつまりどういうこと?」
「てめぇが俺を好きになればいいだけの話だ」
なんと傲慢な。やっぱり何も話聞いてなかったよこの子。
とはいえ16歳であんな色気を纏ったキスなんてなかなか出来るもんじゃない。確実に将来有望だ。サッカー選手とは別の意味で興味が湧いてくる。
年齢的に子供であることは紛れもない事実だが、異性として見られないというのは撤回したほうがいいのかもしれない。今になって少し、ほんの少しだけ鼓動が速く脈打っている自分がいる。
そうなってしまえば好きにならないなんて保証はもう出来そうにない。もしかすると彼に落ちるのも時間の問題なのかもしれないのだから。
2022/12/31
お題『境界線なんていらない』
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