ラブストーリーは時間外
「早川くん、今日の見回りは私たちがペアだって。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「先輩、今度の任務のことで少し話があるんですけどあとで時間いいですか」
「うん、平気だよ」
「ありがとうございます」
職場の先輩である二人のやり取りに、デンジはこれでもかというほどに眉間に深く皺を寄せていた。彼の脳内にはなんで?どうして?と疑問符が浮かぶばかりで、見ていて違和感しかない。なぜなら二人は俗に言う恋人同士であるのに、およそ彼が想像するような距離感ではないからだ。
そのことが気になって仕方ないデンジはある日の晩にアキに訊ねた。
「なァ〜お前となまえさんって本当に付き合ってるんだよな?」
「それがどうした」
アキはデンジに視線を向けることなくあっけらかんと答えカレーを口に運ぶ。スプーンが皿に当たる音が何度かする間、デンジはスプーンを手にしたまま話を続ける。今日は珍しくパワーがいない男二人だけの夕飯だ。いつも騒がしいこの部屋も今日ばかりは静かな夜だった。
「いやぁ二人見てるとウソなんじゃねぇかってくらい全然そんな風には見えねーからよォ〜。別に隠してるワケでもねェのにおかしくねェ〜?」
そう言ってデンジはカレーを頬張った。自分から聞いておいてすでに返答には興味がないとでも言うように「ウマぁ〜!」と漏らすデンジを一瞥して、アキは再びカレーを掬う。
「公私混同はしないと決めてるからな」
「コーシコンドォー?」
「お前みたいにくだらない理由で俺も先輩も仕事してねぇってことだ」
そもそも付き合い始めたのは三ヶ月ほど前からで、仕事仲間としての付き合いの方が断然長い。お互いを好きになったのだって単に顔や性格だけではない。仕事を通じて相手の実力を認め、信頼と尊敬が根底に芽生えたが故のものだ。異性として魅力的な部分に惹かれたというのも当然ある。しかし職場で出会ったとなれば、仕事ぶりや人として尊敬できるという点が二人にとっては最たる事項であった。だから付き合い始めてもお互いに示し合わせて決めたわけではなく、ごく自然に変わらぬままでいた。それは二人の価値観ないし相性の良さを表しているようでもあった。
「でもよぉ〜そういうのって好きな人と一緒だからもっと頑張れたりするもんじゃねーの?オレはマキマさんと一緒に仕事できるなら何でもやれるぜ!」
「スプーンを人に向けるな!カレーが服に飛び散ったじゃねぇかクソッ!」
言葉では文句を言いながらも、ふきんで染みを拭いながらアキは考えていた。
確かにデンジの言うことも一理ある。少なからず同じ職場というだけでモチベーションは上がるし、余計な心配もしなくて済む。しかし恋人同士という関係性を持って仕事をしてしまうとそれこそ公私混同は避けられない。だから職場での立場や距離感は徹底していた。たまにうっかり名前で呼んでしまって、なまえの視線が少しばかり刺さることもあるが。
ゆえにその分プライベートで二人でいる時間は濃く、実のある時間にしたいと思っているのだ。アキも、なまえも。
「――ってことがあって」
「へぇ。でもデンジくんの言うこともわかるなあ」
久しぶりに休日が重なったアキとなまえは日中にデートを満喫し、夕方からなまえの家で束の間の二人きりの時間を過ごしていた。夕飯はキッチンに並んで料理を作り、食卓を囲みながら他愛のない話をたくさんした。
食べ終わってテレビを見ながらリラックスしている今も話は尽きない。なまえはアキへと体を預け、温もりを感じるように身を寄せる。手を握れば何も言わずにアキは指を絡めとる。優しい手つきで自分に触れるアキがなまえはたまらなく好きだった。クールな表情の裏側にはただ真っ直ぐな思いやりだけが詰まっているから。
「仕事の時は先輩としてしっかりしなきゃって気を引き締めてるけどさ、見回りでペアだってマキマさんから聞かされた時は内心飛び上がるくらい嬉しかったよ」
頬を緩めて語るなまえに、その時のことを思い返しては随分と可愛らしいことを言うな――とアキの心にはあたたかさと同時に触れたいという欲がこみ上げる。
なまえの頬に触れ、見つめ合った後どちらともなく口づけを交わす。なまえが応えるようにアキの肩に手を添えれば、キスは自然と深いものに変わっていく。テレビが付いていることも忘れるほどに夢中になってひたすら貪る。アキがなまえをソファーへと押し倒し、さらに求め合うように舌を絡ませた。熱を持った舌は唇からなまえの首筋へと肌を這い、夜の部屋には艶かしいリップ音と甘い吐息が広がっていく。お互い二人きりでいる時にしか見せないその表情に、愛おしさは高まっていくばかりだった。
「んっ……アキ、くん」
「どうした?」
心地の良い低音がなまえの鼓膜を揺らす。答えている合間にもアキの柔らかなそれは首筋から鎖骨へと移動していく。同時に長く骨ばった指が服の下から素肌に触れれば、なまえは体をびくりと震わせ咄嗟にアキの腕を掴んだ。
「まだお風呂済ませてない、」
「じゃあ一緒に入るか」
「アキくんのえっち」
「別に風呂でするとは言ってないだろ。なまえさんすぐ逆上せるし」
「……しないで、とも言ってないよ」
「煽ってるつもりなら喜んで乗ってやるぞ」
「アキくんがしたいようにして?」
口ではアキに委ねるようなことを言いながらも自ら誘うようにアキの首に腕を回せば、すぐに噛みつくようなキスが降ってくる。無防備になったくびれはあっという間にアキの熱を持った手によって侵食されていた。先に仕掛けたのはアキかなまえか。どちらにせよお膳立てされて拒否なんてできるわけがないのだ。最初からするつもりだってない。
なまえが無理をさせられるのは覚悟の上だ。しかしアキが自分本位の感情だけでなまえが嫌がることをしたことは一度もなかった。たまにほんの少しだけ自制心をなくしてしまうこともあるがそれもご愛嬌で、なまえからすればそれすらも愛おしい。
日々の原動力は他でもないお互いの存在で成り立っている。どんなにデビルハンターの仕事が過酷でも、プライベートを充実させられるのは切磋琢磨できる存在だから。
以前デンジが個別に二人に対してあれやこれやと問い詰めたことがあり、アキもなまえも隠すことなく認めたがそれ以上は決して話さなかった。
自分にしか見せない表情、自分しか知らないお互いの一面――その先は特別な関係である彼と彼女しか知らない不可侵領域で、それを他人が知ることは月をつかむようなものだから。
2022/12/03
title:金星
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