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ハッピーエンドフラグ勝ち取りました

なまえが新人として対魔特異四課に配属され、教育係として担当になったのは公安一の悪魔嫌いとして有名な早川アキだった。なまえはアキをひと目見た時から纏う雰囲気はもちろん、言動の節々から噂通りの人だなと感じていた。
両親は健在で悪魔に強い恨みは持っていないなまえがこの仕事に就いた理由は、給料がいいからという何とも単純明快なものだった。だから両親を悪魔に殺され、復讐のためにデビルハンターになったアキが聞いたらさぞかし軽蔑されるだろうとなまえは萎縮していた。しかしきっかけはどうあれ、デビルハンターとしてそれなりの覚悟を持ってやっていこうという意志は強く持っていた。
なまえにとってすべてが申し分のないアキは当然のように彼女を厳しく指導したが、それはひとえに期待ゆえのものだ。悪魔と契約して行使するのが主な戦い方であるが、その人間にも一定の体術や能力、頭脳が求められる。アキはそのすべてをなまえに徹底的に教え込んだ。その甲斐あって、なまえが実戦で大きな負傷をすることはなかった。
しかしとある日の悪魔との戦いで不覚にも傷を負ってしまった。傷と言っても擦りむいた程度のかすり傷で、命に別状はなかったため特に気にすることなくなまえは公安へと戻ろうとした。しかしなまえと共に現場にいたアキが見逃すはずもない。アキは帰り際に「血出てるぞ」とハンカチを差し出した。
いつもクールで滅多なことでは表情を崩さないアキになまえは最初こそ距離を感じてはいたが、単にぶっきらぼうな人ではないのだということは日々関わっていく中で理解していた。周りをよく見ているし気遣いも出来る。その時に初めてなまえはアキの人柄に触れた。そしてその日をきっかけに、なまえにとってアキは“尊敬する先輩”という存在だけではなくなった。

恋をすると心に花が咲き誇る。好きな人のことを思うだけで力が湧いてくる。より一層アキに認められたくてなまえは討伐もアタックも全力に取り組んだ。しかし腕前を褒められることは増えても肝心の恋のほうはまったく相手にしてもらえず、それどころか「今は誰とも付き合う気はない」とはっきりと告げられてしまった。とはいえ、そこで簡単に諦めるなまえではない。むしろこれはチャンスだとさらに火がついた。
そんな出来事がありつつも、アキなりに先輩として食事に連れていったりとコミュニケーションを図ってはいた。しかしそれはあくまで先輩と後輩、仕事仲間としてだ。案の定話題になるのは仕事のことばかりで、なまえにとってはそれが面白くなかった。過去の恋愛遍歴を聞いても躱される。タイプを聞いても教えてくれない。デートの誘いをすれば食い気味に断られる。そんな日々が繰り返されれば好きになったら一直線、がモットーのなまえでも、さすがにあまりにも脈がないと挫けそうにもなるというものだ。


「マキマさんの犬になりてぇ〜」
「アキ先輩の彼女になりたい〜」

屋上のベンチに背を預け、二人は空に向かって素直な願望を吐き出す。招集がかからない時はこうしてぼんやりと休憩出来る時間もある。マキマが好きなデンジとはなまえがアキのことを好きになってから意気投合し、二人で色々話したりするうちに自然と一緒にいることが増えた。なまえにとってアキの家に住んでいるデンジから色々と話を聞けることはまさに大いなる存在に他ならない。

「つかさァ〜アイツんのどこが好きなの」
「クールで真面目で強くて優しくて気遣いが出来てカッコ良くて……もう全部!」
「ふ〜ん」

なまえは上体を起こしデンジに向かってアキの好きなところを力説するも、聞いた本人は空に視線を向けたまま興味なさそうに間延びした返事をした。家で毎日小言を言われているデンジからすれば口うるさい男の何がいいのかわからない。むしろそんな奴がなぜモテるんだと思う。そんなデンジの姿になまえはつまらなさそうに口を尖らせた。

「聞いといて興味なさそうな返事しないでよー」
「アキばっかモテやがって腹ァ立つぜ」

日頃から女にモテたいと明言しているデンジからすれば、モテるアキは当然のように見ていて面白くない。もちろんなまえも他人事ではない。アキはマキマが好きだし姫野もアキのことを好きだと言っているし何かとやたら距離が近い。なまえにとってはアキ自身をオトすことよりも周囲に関しての懸念事項が山ほど存在する。色気やミステリアスな雰囲気、豊満な体以外でなまえが二人に唯一勝てる武器といったら当たっても砕けない強さだろう。最近は砕かれつつあるが……。

「でもチェンソーマンの時のデンジくんすごくカッコイイよ」
「え、マジ!?俺カッコイイ!?」
「オイ、お前らいつまで呑気に休んでんだ」

デンジがガバッと体を起こした刹那、屋上のドアが開く音がした。二人がそちらに視線をやるより先に、話題の人物の低い声が盛り上がりかけた空気を勢いよく切り裂いた。

「これから作戦会議だ。さっさと戻れ」
「えぇ〜早くねェ〜?」
「仕方ないよ。行こ、デンジくん」

二人は渋々立ち上がり屋上を後にしようとすれば、アキがなまえの腕を掴んで引き止める。「なまえには話がある。デンジは先に行ってろ」とアキが言えば、デンジは「わかってらぁ」と疎ましげな表情を見せて階段を降りていった。
アキに呼び止められたなまえは、これはもしかして――と少しばかりの期待が膨らむ。

「話ってなんですか?ようやく私の想いに応えてくれる気になりました?」

なまえがからかい半分に問うとアキは掴んでいた腕を離し、胸ポケットから煙草を取り出した。ライターに火をつけ、ひとしきり肺に充満させてからゆっくりと吐き出す。白い煙は澄んだ空気に混じって気流へと乗っていく。

「お前も懲りねぇな」
「先輩が振り向いてくれるまで私諦めませんから」
「だったらデンジとつるむのやめろ。ここんとこずっと一緒にいるだろ」

口をついて出た自身の言葉にアキは内心ハッとした。
なまえに好意を寄せられてると知った時から、アキはそれを適当にあしらっては躱し続けてきた。なまえは後輩でデビルハンターとして期待しているから他の人より厳しくしたし、直接面倒を見て付きっきりで指導したこともあった。純粋にそんな状況の中で恋に構ってる暇などなかったのだ。しかしいつからか自分と共にいた時間がデンジに向けられることが増えて、アキの胸の中には何かが燻るような感情が生まれていた。その原因を作り出したのは他でもない自分自身だというのに。

「先輩が相手してくれないからですよ。それにデンジくんに聞けば家にいる時の先輩の話たくさん聞けますし」
「……デンジに聞くくらいなら俺に聞け」
「聞いても教えてくれなかったくせに」

不満げに口を尖らせるなまえにアキは居心地の悪さを覚える。否定出来なかったからだ。
自分のことを好きだと言っているくせに他の男と仲良くしていることが気に入らないのか?それはなぜ?自分がなまえに好意を抱いているかと問われれば、その答えはアキ自身も正直よくわからなかった。ただ手塩にかけて育てた後輩が、自分に向けていた真っ直ぐな視線が、他の人間によってさらわれていくのは単純に嫌だと思ったのだ。たとえ相手――デンジにその気などなくても。

「まあ嫉妬と受け取っていいなら嬉しくなっちゃいますけど。どうなんですか?」

口許を緩め、問い詰めてくるなまえに一言「自惚れんな」と言い放ってアキは煙草をすり潰した。
そんなこと、あるはずがない。なまえはただの後輩でどこか目が離せないだけだ。それ以外にこの感情を言語化する理由などありはしない。

「俺にうつつを抜かしてる暇があったら訓練で一回でも俺に勝つんだな」
「今まで勝てたことないの知っててそれ言うのズルくないですか?」
「もし勝てたらその時はメシくらいは相手してやる」
「本当ですか!?プライベートで、二人きりで、仕事の話はナシ……」

ずいと詰め寄ってなまえはアキを見据える。その視線からはもう逃げられない――不思議と逃げようとは思わなかった。

「……ああ」
「言いましたね!?絶対ですよ!?」

アキの言葉になまえは内心飛び上がるほど歓喜していた。だってこれはもう完全なるデートだ。どう受け取ってもデート。ここで絶対にオトしてみせる。決して誘導したわけではない。

そして後日訓練でなまえが見事勝利を収めることになるのだが――その真相を知っているのはアキだけだ。
ただあえて言うのなら、アキは案外絆されやすいということである。


2022/11/23
title:鈴音

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