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禁断ラブゲーム

*ポッキーの日


「C地点異常なし、っと」
「パトロールも終わったことだし早く帰ろうぜ〜なまえさ〜ん」

「腹減った〜」とこぼすデンジになまえは「じゃあちょっと休憩してから帰る?」と提案する。見回りに来た廃ビルに悪魔はいなかったし、戻りが遅くならなければ少しくらいの休憩も問題ない。
「メシ連れてってくれんすか!?」と目を輝かせるデンジに「それはまた今度ね」と言ってなまえはビルの踊り場の階段に腰を下ろした。残念がるデンジに申し訳ない気持ちになりつつ、なまえはポケットから常に常備しているお菓子――ポッキーの箱を取り出す。

「ポッキーあるからさ、これ食べてから帰ろ?」
「マジすか!やりぃ」

デンジはなまえの隣に座り、なまえから差し出されたそれを受け取る。早速数本まとめて口にすれば、なまえが「お、いきなり贅沢な食べ方するねえ」と微笑ましく眺めていた。

「ゼイタクっすか?」
「うん。そういう細いものって普通は一本ずつちまちま食べるものだからね」

なまえもパッケージを開け、ポリポリと食べ進める。そこでふと今日がポッキーの日だということを思い出した。と同時にあることを閃いた。
恐らくポッキーの日など知らないデンジにこの話を持ちかけたら一体どうなるか。想像にかたくないデンジの反応を思い浮かべてはなまえの悪戯心が疼く。
デンジはすでにペロリと平らげてしまって、残るはなまえが手にしている分だけだ。なまえはその一本を見つめながらデンジに問いかける。

「デンジくんはさ、ポッキーゲームって知ってる?」
「ポッキーゲーム〜?」
「この端と端をお互いが咥えて食べ進めるってゲームなんだけどね」
「エッ!?えぇ〜〜!?そんなことしたらチュウしちゃうじゃあないっすか!もしかしてチュウするゲームっすか!?」
「んーまあそのドキドキを味わうゲーム、かな」

デンジは興奮しながらなまえを見る。

(なまえさんから言うってことはそれってつまりオレとキスしたいってコトだよなァ〜〜!?ポッキー食えるしなまえさんとキスできるしイイことしかねぇ!!)

鼻息を荒くしているデンジになまえは手にしていたポッキーの先端を彼の唇にちょいと当てて言った。

「どう?私とポッキーゲームしてみる?」
「する!しまぁす!!」

なまえの思惑など知る由もないデンジは下心に染まっただらしない声で即答した。

「じゃあそっち咥えて。私が食べ進めていくから絶対に折っちゃだめだよ」
「ハイ!!」

そう言われ素直に咥えるが、反対側をなまえが咥えた瞬間デンジは思わず後ずさりしそうになった。
30cmに満たない至近距離から香るなまえのシャンプーか柔軟剤か、よくわからないがとてつもなくいい匂いと艷めく唇。伏し目に備わった長いまつ毛に控えめにきらめくアイシャドウ。デンジにとって何もかもが刺激的で目に毒だった。

(ヤベェ!なんだコレェ〜!?なんかわかんねぇけどエロい!すっげぇドキドキすんぞ!?)

デンジは体の内側から熱くなっていくのがわかった。興奮している合間にもなまえの顔が徐々に近付いてくる。
キスがしたい一心で何とか耐えていたデンジだったが、あと数センチというところで自ら体を引いてしまった。眼前に映るなまえがあまりにも艶めかしくて今にも脳が爆発しそうだ。自身の口に残った、短くなったそれをごくりと飲み込む。

「ん、あとちょっとだったのに」
「ス、スンマセン!次は我慢するからもっかいお願いしますッ!」
「ふふ、デンジくん顔真っ赤」

なまえは袋からもう一本取り出してデンジへと向ける。
緊張となまえの色気にあてられ、思考が上手くまとまらないデンジはただ折らずにいることだけに必死だった。なぜならなまえとキスがしたいから。しかしそんな欲とは裏腹に――その後何度挑戦するも直前で自ら折ってしまうのだった。

「これが最後の一本だよ。私もうお腹いっぱいなんだけど」
「じゃ、じゃあ最後はオレからやります!」
「わかった。いいよ」

なまえは端を咥えて早速デンジを待つ。予想以上のデンジの照れ具合に少しからかいすぎたかと思ったなまえだったが、それ以上にこの状況を楽しんでいる自分がいた。
デンジがごくりと生唾を飲む。意を決して最後の一本をゆっくりと、羞恥に耐えながら食べ進める。そしてあと一口でようやく触れるというところで目を瞑った――

(……ンン?アレェ〜〜?キスってこんなに感触がねェもんだったっけ?)

むしろなまえの気配が離れている気すらする。しばらくしてデンジが目を開ければ、なまえが咀嚼しながらいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「あ〜!なまえさん折っただろォ〜?」
「ごめん、デンジくん。急に恥ずかしくなっちゃって」

いかにもなことを言っているなまえだがそこに恥じらいは備わっていない。デンジはなまえのいたずらにまんまと引っかかったのだ。しかし本気で残念がるデンジがなまえの思惑に気付くことなどなく、純粋にその姿を見て「カワイイ!」と心の中で力強く叫ぶだけだった。

「じゃあ帰りにポッキー買ってリベンジさせてください!」
「だーめ。それにキスはお遊びでするもんじゃないよ」
「もしかして最初からする気なかったんスか」

立ち上がりそのまま階段を降りるなまえの後を追いながらデンジは問いかける。

「そんなことないよ。ただデンジくんがキスしたいって思う相手は私以外にもいるでしょ?」
「いな……!いる……」

そう言われて真っ先にマキマの顔が浮かんでデンジはすぐに否定できなかった。美人で顔が良くて自分のことを好きだと言ってくれる相手とならキスだって何だってしてみたいと思う。でもそれではダメだとなまえは言う。その理由は恋や愛というものをまだ知らないデンジにとっては理解するには難儀だった。

「だからデンジくんが私としかキスしたくないって思う時が来るまでこれはお預けね。私、ちゃんとデンジくんのこと好きだから」

振り返り、人差し指でデンジの唇にそっと触れて微笑む。その言葉は偽りのない本心だった。
その姿にデンジは初めて胸が鳴る感覚を覚えた。


2022/11/11
title:箱庭

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