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ピーナッツバター・インモーニング

私は早起きが苦手だ。
毎晩夜更かしをしているわけではないけれど単純に朝に弱い。対するアキは毎晩日付が変わる前には就寝し、非番の日でも毎朝7時には起床して活動している。まさに見本のような規則正しく丁寧な暮らしである。心の余裕というものはきっとこういう積み重ねが生むのだろう。最近は同居人の二人によって乱されつつあるみたいだけれど。
しかし珍しいこともあるらしい。微睡みのなか寝返りを打てば、普段は空になっているスペースに人の温もりを感じた。徐々に意識を起こせば端正な寝顔が視界を埋める。朝の香りに包まれ、小さな寝息を立てている彼は未だ夢の中にいるようだった。
夜に寝顔を見ることはあっても朝に見ることはほとんどない。柔らかい朝日が照らすその顔は幾分幼く見えた。微かな鳥のさえずりに心地良さを感じながら髪に触れ、頬を撫でる。すでに充実した一日の始まりに自然と顔が綻んだ。

「ん……」
「おはよ」
「いま何時だ……?」
「8時過ぎてる」
「久しぶりに寝過ごした……」

掠れた声で小さく息を漏らしながらアキは顔に手を当てる。
確かに昨夜は明日休みだからとデンジくんとパワーちゃんたちと人生ゲームで白熱して少し夜更かしをしてしまった。たかがボードゲームでマジになってキレたり悔しがるアキは見ていてとても面白かった。

「休みなんだしたまにはいいんじゃない?」
「朝メシ作んねぇとアイツらうるせぇから」

そう言って早速上体を起こすアキに少し寂しくなる。私を優先しろなんてわがままを言うつもりはないけれど、朝のほんの数分くらい二人の時間があったっていいんじゃないかって。なんて言ったら「だったら普段から早起きしろ」と言われそうだから心に留めておくけれど。
つい反射的に腕を掴めば「どうした」と髪を撫でられる。「……もうちょっとだけ、」早速わがままを口にしてしまった。しかしアキは邪険に扱うことなく、けれど少し呆れた様子で「しょうがねぇな」とだけ言って再びベッドに横になった。

「ねえ、本格的にアキの部屋に住むことになったしさ、ベッド買い替えない?」
「は?必要ないだろ。壊れたわけじゃねぇし」

そうなんだけどそうじゃないんだ。
公安は給料が良く、その上アキは物持ちがいいせいか、部屋のあらゆる物は初めてお邪魔した時からあまり変わっていない。驕らず謙虚な姿勢は好きなところのひとつではあるけれど、正直シングルサイズのベッドに二人で寝るのは窮屈だった。かといって二台並べられるほどの余裕はないから、せめてセミダブルくらいにしたいなあなんて思っていた。

「そうなんだけどさ……やっぱり二人で寝ると体痛くて。あ、もちろんお金は出すから」
「なまえの言いたいことはわかるがこれはなまえのためでもあるぞ」
「私のため?」
「ああ。今より広いベッドにしたら確実にお前の寝相が悪くなる」
「うっ、」
「そして半分以上占領されるのは目に見えてる」
「うぐ……」

淡々と言われ何も言い返せない。
そういえば付き合い始めて一緒に寝た翌朝、アキが思いっきり眉間に皺を寄せていてドン引きしていたっけ。あの時のアキを見て「あ、嫌われたな」と思った。だらしない姿を恋人に知られるのは出来れば隠したかったが、一緒に住めば遅かれ早かれ知られることになる。それだったら早々に知られた方が気は楽だと開き直ることにした。
それからだ。アキが私を抱き枕の如く抱いて寝るようになったのは。最初は緊張して寝られたものではなかったけれど、気づけばいつしかアキの温もりなしでは安眠できない体になってしまった。

「だからこうして寝るのが俺にとってもなまえにとってもいいんだよ」

アキが身を寄せて私の頭に手を回す。頭上から聞こえてきた吐息が妙に艶めかしくて心臓に悪いったらない。

「私の寝相の悪さを理由に本当はアキがただくっついて寝たいだけなんじゃないの」
「そうだな」

照れ隠しで言った言葉にしれっと返されて思わぬ攻撃を食らってしまった。朝から全力で働きすぎだ、私の心臓よ。アキが何か言う度、何かする度、私はどんどん彼の深みにハマっていく。

「ずるい……」
「何がだ?」
「打算なくそういうこと言うところが」

ぐりぐりとアキの胸に頭を押し付ければふいに名前を呼ばれる。ゆっくりと顔を上げるとそのまま呼吸を奪われた。朝から目眩のする口づけに、おまけに起き抜けで力が入ってないせいでだらしなく吐息が漏れ出てしまう。

「んぅ……」

腰を抱き寄せられ、このまま互いの熱とともにシーツの波に溺れてしまおうか――アキに身を任せかけた瞬間、トイレの流れる音が聞こえてすぐに意識を戻される。アキもそれに気付いたようで自然と唇が離れた。
甘くなりかけた空気は日常の生活音でいとも簡単に攫われてしまい、私たちはしばらく無言で様子を窺う。大きな欠伸とともに「ンだよ、誰も起きてねーじゃん」とぼやくデンジくんの声が扉越しに聞こえてきて、思わずその方向へと視線をやった。アキがあからさまに大きなため息をついて察する。どうやら甘いひとときはここまでみたいだ。

「チッ……そろそろ起きるか」
「そうだね」

ベッドから抜け出したアキが手を差し伸べる。

「おはよう」

早起きは苦手だ。けれどこんな風にアキと迎えられる朝があるのなら、少しは早起き、頑張ってみようかな。


2022/11/10
title:まばたき

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