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淹れたてのコーヒーに角砂糖

「なまえさんお菓子くださいっす!」

四課のオフィスで束の間の休憩をしていれば、私の前に姿を現したデンジくんが元気よく手を差し出していた。唐突のそれに一瞬面食らうもすぐにああ、と理解する。
そう、今日はハロウィンだ。先程周辺をパトロールしていた際、仮装している人々で街は混雑し大層賑わっていた。ハロウィンに限らず世間のイベントの雰囲気に乗じて浮かれた人間を狙って悪魔の活動が活発になる日でもあり、私たちにとって気が抜けない日でもあった。
とはいえ何だかんだで私もイベント事は楽しむタイプの人間だ。デンジくんやパワーちゃんが喜ぶと思ってちゃんとお菓子の詰め合わせを用意していた。

「はいどうぞ。ハッピーハロウィン」
「あざっす!けど〜正直ちょっと残念っす」
「なんで?少なかった?」
「あ〜いやぁ〜お菓子持ってなかったらイタズラしていいってマキマさんが言ってたんでェ……」

そう言って頬を掻くデンジくんに苦笑いする。下心が透けて見えるせいでその表情はまったく残念そうには見えない。お菓子が欲しかったのは事実なんだろうけど、悪戯したい思いがあまりにも全面に出すぎている。しかしハロウィンの楽しみ方としては間違っているとも言えない。むしろそちらの方がスタンダードですらある。

「いいわけないだろ。お前が想像するようなことなんかさせてたまるか」
「あ、アキくんお疲れさま」
「お疲れさまです」
「ウゲェ〜〜どっから沸いてきたんだよ早パイ。毎回毎回タイミング悪すぎなんだよ」

時間差で戻ってきたアキくんと顔を合わせた途端、いがみ合いが始まる光景を目にしてつい笑みが溢れる。
デンジくんとパワーちゃんがアキくんの家で暮らし始めてから妙な一体感のようなものが生まれた気がする。アキくんにとっては不本意かもしれないけれど、見ているこっちからすれば実に微笑ましい光景であった。

「お目当てのモンもらったならさっさとどっか行け」
「アレェ〜?もしかして早パイなまえさんからもらってないの?ヨッシャ、オレん勝ちだぜェ〜〜!!」

ガッツポーズを決めながらオフィスを後にしたデンジくんを見送りつつアキくんを見れば、視線が合った途端ふいと逸らされてしまった。あれ、もしかしてデンジくんに言われたこと気にしてる……?

「ちゃんとアキくんの分もあるよ」
「俺は別に……」
「いいからいいから。はい!ハッピーハロウィン」

デンジくんに渡したものと同じものを渡せば、アキくんは間を置いて「ありがとうございます」と素直に受け取った。

「ブラックでいい?」
「はい。ありがとうございます」

手が空いたついでにそのままコーヒーを淹れにマシンへと向かう。ホルダーに紙コップをセットし二人分を淹れたものをテーブルへと置けば、アキくんは再度お礼を述べて席に着いた。それからコーヒーに口をつけてふぅと小さく息を漏らす。しかし肝心のお菓子に手をつける気配はない。ただ何かを思うように見つめているだけだった。

「食べないの?」
「ハロウィンの決め言葉と言えば“Trick or Treat”が有名ですけど他にもいくつか種類があるって知ってました?」
「え、そうなの?知らなかった」

そもそもハロウィンというイベント自体お遊び程度にしか考えてなかったというか。気分的に楽しめればいいなくらいにしか思っていなかったから他にも意味があるなんて考えもしなかった。

「でもお菓子あげたから悪戯は回避でしょ?」
「それが『くれたらする』っていう理不尽な言葉もあるんですよ」
「え〜もしかしてアキくん珍しく何か企んでたりする?」
「だったらどうします?」
「うーん、それはそれでちょっと気になる……」

とはいえ真面目なアキくんのことだからきっと些細な悪戯だろう。クリーニングタグを付けたまま仕事する私を見て見ぬふりするとか、きっとそんなレベル。でも半日くらいしたらちゃんと教えてくれるんだ。だってアキくんは優しいから。

「“Trick so Treat”」
「意味は?」
「『お菓子くれたので悪戯する』ですかね」
「なんかアキくんらしい」

真面目なアキくんにぴったりというかこういうことですら律儀というか。思わず笑ってしまうくらいその決め言葉は馴染んでいた。

「……で、肝心の悪戯は何を?」
「先輩に触れてもいいですか」
「?別にいいけど……」

わざわざ許可まで取るとは一体何をするつもりなのか。特に気にせず返事をすれば、斜め向かいに座っていたアキくんがゆっくりと腕を伸ばして私の頬に触れた。あまりに予想外のそれに肩が跳ねて変な声が出そうになった。

「へっ!?ちょ、ちょっとアキくん!?」
「俺、なまえさんのことが好きです。ハロウィンだとか悪戯だとかはただのきっかけというか口実みたいなもんです」

突然の告白に思考が追いつかない。一体何が起きている?ただアキくんの真剣な表情で、射抜くようなその眼差しに体全体が熱を帯びていくのがわかった。

「正直、デンジの奴見て焦ったんです。しかもアイツと似たようなこと考えてるし。人のこと言えた義理じゃないんですよ」
「私は……アキくんにならその、悪戯……されてもいいよ」

自分でも何を言ってるのかわからなかった。ただこの流れから察するにアキくんが思う“悪戯”はきっと私が想像するものと同じだろうから。

「どういう意味で言ってるか本当にわかってます?」
「何となくわかるからそう言ったんだよ」

私だってアキくんのこと、前から好きだったんだから。
私の思惑を理解したらしいアキくんは、それからゆっくりと距離を詰めて顔を近づけてくる。寸前のところで止まった唇が耳元で囁いた。

「やっぱなしとか言わないでくださいよ」
「っ、言わせたくないならこれ以上は聞かないで」

私の訴えに納得したのか、アキくんは唇に弧を描いてからそっと唇を塞いだ。頬に触れていた手がやんわりと耳を撫でて体が震える。
誰かが戻ってきたら。どこかで見られていたら。そんなことを頭の片隅で思うも、アキくんの優しくて色気に溢れたキスはとても気持ちよくて離れ難いと思った。

「先輩顔赤いですよ」
「後輩に骨抜きにされてどうしようもなくなってますので……」
「ウブなとこあるんですね」

相変わらずクールな表情だが声のトーンからどこか満足げなのが伝わってくる。
甘い空気が漂う中、お菓子に手を付けるアキくんを眺めながらコーヒーをひと口、喉へと流し込む。先程よりも熱く、甘く感じるのは他でもないアキくんの悪戯のせいだ。


2022/10/29
title:金星

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