真四角に切りそろえようとする僕らのわるい癖
「クソッ、アイツら片付けもしないで堂々とくつろぎやがって……!」
「私がいる時は全然いいよ。むしろアキくんもゆっくりしてていいのに」
キッチンカウンター越しにテレビを見ながらリラックスモード(しかし落ち着きのなさは相変わらずだ)でいるデンジくんとパワーちゃんに睨みを利かせつつも、アキくんは手際よく食器洗いをこなしている。私はその横で洗い上がった食器を丁寧に拭いて棚に戻す係を担当している。
アキくんの家にお邪魔する時は大抵このパターンだ。食事を終えた二人に食器を下げろと親のように注意するアキくんと、それを受け流してさっさとフリータイムを満喫するデンジくんとパワーちゃん。やがて呆れ果てたアキくんがシンクに向かい、私がやるよと声を掛けるも「先輩は休んでてください」の一点張りで決して手出しさせてくれない。私としては三人と一緒に過ごしたい思いはもちろん、少しでもアキくんの負担を減らしたいから家政婦として使ってもらってもいいくらいなのだけど。でもそういう真面目なところがいかにもアキくんらしい。
「そういうわけにはいかないですよ。住まわせてやってる以上最低限のことはやらせないと。先輩は客人なんで気にしないでください」
「ほんとに真面目だねアキくんは。私が早川家のみんなと一緒に過ごしたくて勝手に来てるだけなのに」
「でも正直助かります。俺だけじゃ手に負えない時もあるんで」
最後の食器を洗い終え蛇口を閉じる。「ありがとうございました」と律儀にお礼を言うアキくんに「お疲れさま」と声を掛ける。
マキマさん直々にお目付け役に任命されたからなのか元々の面倒見のよさなのか、毎日口煩い母親のようなことを言いつつも何だかんだで二人のことを認めているみたいだし、アキくんにとってこの生活は案外悪くないのかもしれない。その分苦労が絶えないようだけど。
「煙草吸ってきます」
「私もお邪魔していい?」
「先輩吸わないでしょ」
「アキくんってたまにそういうとこあるよね」
目を細めれば、当の本人は「どういうとこですか」と言いながらテレビを見つつじゃれ合っているデンジくんとパワーちゃんの横を通り過ぎてベランダへと出た。後を追い、静かに扉を閉めれば賑やかだった室内の声はたちまち耳ざわりの良いBGMへと変化する。
久しぶりの宅飲みで気分が良くなっていたらしい。今の時期に肌寒いと感じる風が心なしか少しだけ気持ち良かった。澄んだ夜空には星が瞬いていて、それだけで今日という日が幸福なものに思えた。
アキくんが藍色の空に向かって煙草をふかす姿を隣で眺める。
煙草は好きじゃない。アキくんが吸うのも、それを見るのも。見惚れてしまうくらい格好いいけど、好きじゃない。目にする度に煙草の味を教えた姫野ちゃんが浮かんでしまうから。
私は自分でもはっきりと自覚するほどに姫野ちゃんに嫉妬している。アキくんのバディであること、煙草の味を教えたこと、ピアスを開けたこと、彼を好きなこと、キスをしていること、私より胸が大きいこと。望んでいる何もかもが全部、彼女に先を越されている。唯一勝っているところを挙げるとするなら真面目同士気が合い、こうして部屋に上げてもらえるくらいには気を許されていることか。一応(共にではないが)アキくんのベッドで寝たこともある。と、勝手に姫野ちゃんに対してマウントを取ってみる。だっさいなぁ。
「ねーアキくん」
「なんですか」
「姫野ちゃんに唇奪われた時どう思った?」
「ゲロ吐かれなかっただけマシだった、ですかね。先輩だって被害者じゃないですか」
「ほんとにね。舌入れられそうになった時はさすがにびっくりしたけど」
「そういう意味じゃデンジは大当たりですね」
「アレはトラウマになるって」
歓迎会での事件を思い出し、思わず苦笑いを浮かべる。
確かにそう思えばマシなのかもしれない。けれど酒癖の悪さ故のキスとはいえ、それに対して何も思わないというのも正直複雑ではある。私が同じような状況になってもそうなんだってことだから。
「ああいう人間相手にいちいち気にするだけ無駄ですからね」
「アキくんは割り切れるタイプなんだね。私なら相手が異性だったら少なからず気にしちゃう」
「先輩はそういうタイプですよね」
「……もしさ、私がアキくんにキスしたらどうする?」
流れでとんでもないことを聞いてしまった。と言ってから後悔する。それもこれもアルコールが原因だろう。そんなに飲んだつもりはないけど、楽しい時間を過ごして雰囲気に酔ったのかもしれない。
すぐに撤回する余裕もなく、顔を向けることも出来ないまま手すりに掛けた自身の腕に視線を集中させる。アキくんは目一杯吸い込んでからゆっくりと紫煙を吐いた。
「俺がどうこうっていうよりも先輩自身がやらかしたことを後悔しそうですけど」
「うん、すでに今後悔してる……。でもさ、お酒の勢いとかネジが外れてる状態じゃなきゃ出来ないことっていうのもあるじゃん」
正直姫野ちゃんが羨ましいとすら思う。私はどんなに飲んでも理性をなくせない。素面でもそれは変わらない。常にしっかりしなきゃという意識が働いているせいで他人に弱みを見せられないのだ。
「じゃあたまにはネジ緩めてみたらいいんじゃないですか。そのネジをパワーにやるくらいがちょうどいいですよ」
「それがさ、元々の性格なのかガチガチに固定されててなかなか緩められないんだよねぇ。それに……」
――アキくんに何とも思わないって思われたくないから。
「いや、何でもない。忘れて。冷えてきたからそろそろ戻るね」
「……俺は、」
早口で答えてそのまま部屋へ戻ろうと戸に手を掛けた時、アキくんが口を開いて思わず振り返った。
アキくんはスタンド灰皿に煙草を押し付けて、それから続ける。
「相手がなまえさんだったら何とも思わなくないですよ」
ようやく視線がかち合う。しかし普段と変わらない表情――その瞳からは言葉の意味を感じ取るのは難しい。果たしてそれは私と同じ意味なのだろうか。
「……アキくんもしかして酔ってる?」
「かもしれないです」
「そっか」
「体、冷えますよ」
その場で立ちすくんでいる私の背後に近づいてアキくんは戸を引いた。入るように促されて、言われた通りに部屋へと戻るも頭の中は未だこんがらがっている状態だ。そんな私をよそにアキくんは部屋へと戻るなりデンジくんとパワーちゃんに説教を垂れていた。
「オイ、お前らさっさと風呂に入ってこい」
「は〜?何言ってんだよ早パイ。夜はこれからだぜぇ〜〜?」
「そうじゃ!ワシは夜更かしするんじゃ!菓子をよこせ!コーラとポテチはないのか!」
「うるせえ!今メシ食ったばっかだろ!文句言ってねぇでとっとと入れ。ついでに脱いだ服はちゃんとカゴに入れとけよ」
「へーい」
「相変わらずグチグチうるさい奴じゃのぅ」
渋々脱衣所に向かう二人の背中を見ながらアキくんは疲れ果てたようにため息を吐いていた。さっきの会話は夢だったのかと疑うほど、普段と何ら変わりないアキくんがそこにはいた。
2022/10/15
title:金星
back