other

チェリーピンクに恋をした

「来月出張掲載で少女誌で読み切りを描く事になった」
「少女誌で!?」
「ああ。女の君なら知ってるんじゃあないのか?」

 いきなり呼び出されてすぐに先生の仕事場へと行けば開口一番でそう言われた。そして「この雑誌だ」と月刊少女誌を手渡される。
 知ってるも何も中学生の頃に毎月愛読していた、いわば私の青春のバイブルだ。ベタだけど胸がときめく展開に何度憧れた事か。まあ残念な事にそれはまだ実現には至っていないのだけども。

「もちろん知ってますよ!中学生の頃読んでました。きゅんきゅんする話がたくさんあっていいんですよねぇ〜!……少女誌って事はもしかして恋愛モノを描くんですか!?」

 露伴先生の恋愛モノ……読んでみたい!ピンクダークも好きだけど先生の描くラブコメも面白そう!というか先生が描くものならどんなジャンルでも面白い事間違いなしだと思うけど!

「それは入れて欲しいと言われたからな、そのつもりだ。しかしぼくは今まで恋愛モノを描いた事がない。そこでだ。このぼくが他人に何かを頼むなどまったくもって不本意ではあるが……」

 「今回は特別に女の君に協力させてやる」とイスにふんぞり返って足を組みながら先生は言った。明らかに物を頼む態度ではないけど、まあ先生だしね。むしろこれがいつもの先生だ。
 人付き合いが面倒という事もあってか、先生には女性の知り合いはあまりいないらしい。ま、不本意でも何でも、先生の作品作りに関われるなら私としては願ってもない出来事だけど!

「私で出来る事なら喜んで引き受けます!」

 グッと右手で拳を作ってそう言えば「では早速だが、」と何かが書かれた紙を手渡される。
 早速目を通せばそこには、女キャラにおけるよりリアルな表情を描くためのコツから、どういう時にどんな表情をするのか、読者がときめくシチュエーションは何か――など、少女漫画をより面白くするための項目が記されていた。さすが、常にリアリティを求めている先生らしいメモだ。

「常々言っているが面白い漫画を描くには『リアリティ』こそが何よりも重要だ」
「という事はいつものように実践するんですか?」
「もちろんだ。しかし今回は表情を主にスケッチしたいと思っている」

 「やはりよりリアルに描くためには実際に経験し、自分の目で見て確かめるのが一番だからな」と言っておもむろに立ち上がったかと思えば、距離が一歩、二歩と徐々に縮まっていく。そしてあっという間に先生を見上げるまでの至近距離となった。
 そのまま目を合わせしばし見つめあう形になって、それから――

「……へっ!?え、せ、先生っ!?」

 そのまま先生の腕に収まった。……え、ちょっと待って!作品のためだとわかっていてもいきなりのこのシチュエーションはさすがにドキドキするんだけど……!
 先生の事を異性として見ていなくても客観的に見れば先生はかなりの変人だし性格に難ありだけど顔は格好いいし、何より恋愛経験の少ない私からしたら男の人に触れられるだけで緊張してどうしていいかわからない。
 押し返す事はもちろん、触れる事すらも出来ない中でただ手を浮かせるしかなかった。

「フム……女の体は思ったよりも華奢で柔らかいんだな」

 肉付きやラインを確かめるようにして先生の手が背中や腰を行き来する。それに思わず背筋がぞくぞくと震え、急速に上がった体温が全身を駆け巡った。
 今さらだとは思うけど一応先生の名誉のために言っておくと手つきはまったくもっていやらしくはない。そう、単に女性キャラをリアルに描くためにその感触や体のラインを確かめているにすぎない。だから先生に他意はこれっぽっちもないし、全て作品のためだという事は言わずともわかっている。そもそも先生は漫画にしか興味がないからそんな事を思うだけ無意味な気もするけど。とはいえ――

「せ、先生っ、あまりその、むやみに手を動かさないで下さいっ……!」
「ん?ああ、すまないね」

 羞恥から反射的にそう伝えればあっさりとした謝罪とともにようやく腕から解放された。

(こんなにドキドキしたのはいつ以来だろう……)

 いや、むしろ初めてかもしれない。鼓動を落ち着かせるように小さく深呼吸をする。
 そして熱くなっている頬を冷まそうと手のひらを添えようとした瞬間、今度はその手をガッとつかまれた。

「ひっ!」
「その顔ッ!!」
「え?」
「いいぞ、君は今最高にいい表情をしているぞッ、なまえ!ぼくの想像していた恥じらう顔とは全く違う!」

 そう言って興奮気味に先生は机の上からスケッチブックと鉛筆を手にして物凄い勢いでスケッチをしていく。
 どうやら今の実体験で得たものはそれなりにあったようで、その手は一向に止まる事なくあっという間にスケッチブックは私で埋まった。

「これは間違いなく面白い作品が出来るぞ!なまえ、君のおかげでぼくは新たなジャンルでも面白い漫画が描けそうだッ!」
「お、お役に立てたなら、良かったです」

 ……不思議だ。生き生きとした先生を見たらそれが何だかとても格好良く見えて、熱は下がるどころか余計に上がった。



 そして発売日当日。先生の『リアリティ』がどんな風に漫画に反映されているのか早く見たくて登校前にコンビニへと買いに走った。
 今までに感じた事のない高鳴る気持ちで目的のページを開けば最初に目に入ったのはカラーの扉絵。

(あれ……このヒロインの女の子……何か私に似てる……?)

 読み進めていくとあの時のスケッチした表情が作中にそのまま表れていて、贔屓目に見なくても普通に少女漫画としてきゅんとするストーリーになっていた。……先生の独特な絵柄でここまで繊細な描写とストーリーが生まれるなんて……本当に先生はすごい人だ。――ああ、好きだなぁ、とそう思った。
 それが漫画の事なのか、先生の事なのか、正直自分ではわからない。でもこんなものを見てしまったらたとえ先生にその気がなくても、漫画のためだとわかっていても――

「期待、せずにはいられなくなっちゃいますよ、先生」


2016/07/18

back
- ナノ -