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卯月の鳥が啄ばむ果実

人工的な空間に広がる青い空、昔ながらの縁側付きの家屋、大きな庭の先に見える趣のあるししおどしに池の中を泳ぐ鯉。その縁側で煙管を燻らせながらくつろいでいる姿に思わず息を呑んだ。

「おお、なんだい嬢ちゃんか」

私の気配に気付いた村正さんがこちらを振り返る。
この長閑な雰囲気を壊す音も、物も、人もいない。村正さんが息抜きにここへ来たのだということはすぐに理解した。

「ダ・ヴィンチちゃんに居場所を聞いたらシミュレーション内にいると聞いて。特に急ぎの用というわけではなかったんですけど……」

ダ・ヴィンチちゃんが気を利かせてすぐに入れるようにしてくれたために、断る暇もなくここへとやって来てしまった。様子を見るに、一人になりたいと思ってここに来ていたのなら邪魔をしてしまったかもしれない。
そんなことをしばらく考えていたせいか、その場から動かずにいた私を見た村正さんは「とりあえず突っ立ってないで座ったらどうだい」と自身の隣を一瞥して座るよう促してくれた。

「すみません、では……お邪魔します」
「時間は平気かい?」
「はい、特に重要な案件もないので」
「ならちょうどいい。茶菓子も何もねぇがそれでも良ければ少しの間休んでいくといい」

そう言って再び手にしていた煙管に口を付けた。手を動かした際にはらりと落ちた袖は、古き良き日本の情緒が溢れていた。
どうやら村正さんは戦闘以外ではこの三臨の霊衣を身に付けていることが多いらしく、今このシチュエーションも相まってとても様になっている。
羽織から覗く褐色の肌に混じり気のない白髪、煙管を支える、無骨ながらもどこか色気を感じさせる指先――普段から見慣れているはずなのにいつになくドキドキしている。ずっと見ていたいけれど直視はできない。もどかしい、けれどそれが少し心地いい。

「さっきから儂の手元ばっかり見てるが何か気になることでもあるのかい?」
「あ……いや、村正さんって喫煙者でしたっけ?お酒は飲まないと前に聞いたことはあったけど……」
「ああ、酒はやらねえ。これはまあ、たまにな?」

そう言って得意げな笑みを見せる村正さんはどこか子供のような無邪気さを感じさせた。

「へぇ……」
「なんだ?興味あるのかい?」

悪戯な笑みを浮かべて再び紫煙を燻らせる。その姿を見て村正さんが嗜むものを私も知りたいと純粋に思うのは、恋い慕う相手ならば当然のことだった。
煙管はおろか煙草すら吸ったことはない。言ってしまえばそれ自体にはさほど興味はないし重要でもない。ただ彼と共有する時間ときっかけが欲しかった。

「……ちょっとだけ」
「嬢ちゃん歳はいくつだったっけか。確か現代の日本じゃあ二十歳以下は法律で禁止されてるんだろ?」
「一応これでも成人してますよ。え、私そんなに幼く見えますか?」
「そんなこたぁねぇよ。ただなぁおまえさんは生身の人間だ。医者のサーヴァントらにでも見つかったら儂がドヤされちまう。健康管理も仕事のうちってな」

確かにお酒も煙草もまったく禁止をされているわけではないけれど、健康を考えたら控えるに越したことはない。酒呑さんや以蔵さんを見て羨ましく思うこともないとは言いきれなかったりするのだけど。

「それでも吸ってみたい、ってんならそうさね……」

一体何が起こったのか。それはあまりに突然でまるで時が止まったかのようだった。
村正さんの顔が急に近付いて来たと思ったらそのまま顎を持ち上げられ、彼の薄く柔らかいものが唇に触れた。
目を閉じる暇もなく眼前には村正さんの整った、色っぽい表情だけが私の視界を目いっぱい埋めつくした。

「これでどうだい?」
「……なっ、え、」

今の私に問いかけに答える余裕はない。ただどこか楽しむような低い声に、私の唇を親指でそっと撫でる村正さんがいつになく扇情的に見えたということだけが脳内を支配していた。
肝心の煙管の味なんて何ひとつわからない。ただ顔に勢いよく熱が集まって、ただの興味本位だったのに私はとんでもないことを口にしてしまったのだと思い知らされた。だってまさかこんな展開になるなんて思いもしていなかったのだから。
村正さんが人の心を弄ぶような人ではないと知っている。だから――

「いつまで開いた口が塞がらねぇって顔して固まってらぁ。わからなかったんなら……もう一度してみるかい?」

そういうことなんじゃないかって。
未だ唇に残る熱と感触と、彼のわずかに緩んだ口許に私の期待は音を立てて膨らむばかりだった。


2022/03/26
title:まばたき

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