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わるい手のひら

どちらかというと何事も白黒はっきりさせたい性格のわたしがこの関係性をどこか心地よいとさえ感じてる時点で、すでに目に見えない何かに侵されているのは疑いようのない事実だった。
きっかけなんてわからない。ただ、村正さんのことを考えると胸がざわついてでも温かくて、マスターとサーヴァントという主従関係を超えた関係をいつしか抱くようになっていた。
そんなわたしに村正さんは面と向かって口にはせずとも、きっと気付いているだろう。わたしにはそれがありがたかった。はっきりと自分の想いを口にし、また村正さんからも核心を突かれてしまったら否応なく現実を突きつけられることをわかっているから。などと言いつつ、あっさりとわたしを部屋に通す村正さんを思っては内心軽くショックを受けたりしてなくもないのだけど。下心だけならいっそ清々しいと吹っ切れるのに、同じくらい人間性というものにも惚れてしまっているから一層複雑なのだ。恋愛感情を抜きにしても村正さんの部屋――彼がそばにいると安心してよく眠れるのは本当のことなのだから。

「毎晩、ってわけじゃないがよくもまあ飽きずに爺の部屋に来るもんだ」
「だって枕元で話す村正さんの声が心地よくてよく眠れるから」
「そうかい?おまえさんが安眠できてんならそれに越したことはねぇ。儂たちサーヴァントと違って人間はしっかり休まないといけねぇからな」

隣の部屋にある囲炉裏の炎が間接照明のように寝室を淡く照らす。趣のある和室はまさに村正さんにぴったりだ。マイルームではベッドで寝ているからたまにこうして布団を敷いて寝ることがわたしの中ではいい気分転換になっていた。
けれどわたしの想いを見透かしているからなのか村正さんにその気がまったくないのか、そんなことは考えたくもないけれど今まで一度だって同じ布団はおろか、同じ部屋で一夜を共に過ごしたことはない。そもそも十中八九わたしが先に寝てあとに起きるから共に過ごしているという感覚があまりない。
精神は晩年の爺と村正さんは言うが、肉体はわたしと変わらない青年である。女を使って情欲を煽ったりしてみようかなんてことを考えた時期もあったが、実際行動に移せるわけもなく最低な自分の一面を知っただけで終わった。そんなことをしてはっきりと拒絶されでもしたら後戻りできない程に傷付くことは容易に想像できるから。
こうして孫に向けるような慈愛の眼差しで優しく、寝かしつけるような手つきで頭を撫でてもらえるだけで胸が溢れる。絆されてしまっている。

「……たまには可愛い孫と一緒に寝てよ、おじいちゃん」

本音混じりに冗談めかして言ってみる。あえておじいちゃんと言ったのは本心を誤魔化すための予防線みたいなものだ。
寝返りを打って村正さんに視線を合わせれば、頭を撫でていた手がふと止まる。束の間の沈黙の隙間に背後から聞こえる、小さくぱちぱちと炎の燃える音が妙な緊張感を煽った。

「爺に何を期待してんだい」
「……別に、そんなんじゃないもん」

そんな嘘すらも見抜かれてしまっているだろうか。
村正さんの部屋で夜を過ごすようになってからわたしはいつだって微かに期待をしている。正直に本心を打ち明けたところでわたしが望む答えなんかくれないくせに、期待させるが如く優しい表情を向けるのだからずるい。でもそんなことがもどかしくもあり、嬉しいとすら思っている自分がいる。
ぽんぽんと寝かしつけるように再び頭を撫でられれば、言いようのない想いとともに自然と瞼が下がっていく。今日は周回をしたり他のサーヴァントと色々仕事をこなしたからなあ、と思っている最中にもすでに意識は半分遠のいていた。
こんな小娘に恋愛感情なんて抱くはずがないとわかっていても、村正さんがわたしに向ける表情や掛ける声、触れる熱が与えられる限りわたしは諦め悪く期待してしまうんだ。

落ちる間際にわたしの頬を人差し指で軽く滑らせながら何か言っていたのが聞こえたけれど、それが何だったかは翌朝聞いても教えてはくれなかった。

「おまえさんの期待に応えるのもやぶさかではない……なんて言ったら一体どうなっちまうかねぇ」


2022/02/20
title:金星

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