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ペールローズに愛をこめて

こうしてお祝いするのは今年で何年目になるだろうか。毎年指折り数える度に長い付き合いだなあと感慨深い気持ちになる。
日付が変わってすぐにお祝いのメールを送れば、しばらくしてスマホの通知が鳴る。たった一言『ありがとう』と顔文字も絵文字もないとてもシンプルなものだけど、私にとってそれは何よりも嬉しいものだった。こんな時間にすぐに返事が来る――その意味を考えるだけで頬が緩んで愛おしい気持ちになる。何より今年は今までとは違い、二人の関係性が変わって初めての誕生日だから少なからず特別な想いがあった。
とは言ったものの毎年祝ってきて正直なところプレゼントのネタも尽きていた。高校に入った頃くらいから郁弥から気を遣わなくていいよと言われてからは部活で使うタオルだったりとちょっとした物を渡すくらいになったけど、それでも郁弥は物持ちがいいから毎年ではそれすらも有り余るほどだった。
しかし恋人という立場になって何もないというのはさすがにどうなのか。そんなことを思いつつ結局悩みに悩んで、ケーキ以外には何も用意せず当日を迎えてしまったわけなのだけども。



「せっかくの誕生日なのにデートが散歩でいいの?」
「誕生日だからって別に特別なことがしたいわけじゃないから」

今日だって、寝る前にメールをして軽い約束をしてどこか遠出をするわけでもなく、いつもと変わらない空気で近所の海沿いを他愛ない話をしながら歩いている。道中目にした木々の芽吹きに春の訪れを感じて、もうそんな季節かあなんてぼんやり思っていた。

「まあ郁弥らしいと言えば郁弥らしいけどさ」
「なまえは何か特別なことしたかった?」
「んー、付き合い始めて初めての誕生日だからその気持ちもなくはないけど、それよりも付き合い自体が長いから逆に何したらいいかわかんないかも」

三月になり、芯から冷える寒さは和らぎ気温も高くなってきて春の陽気を感じるけれど、それでも春物のアウターを着るにはまだ少し寒い。暖かな日差しに潮の香り、厚手のアウター。季節の変わり目に入り乱れるそれらは何だか今の私たちの関係を表しているようだった。
静かな昼下がり――周りに邪魔をする音も物もない。二人の空間を包む波音がこれ以上なく心地良い。

「慣れないことをするのはお互いらしくないよね」
「うん、そうかも。むしろ日常と変わらないことこそが至高、みたいな」
「それは大げさすぎない?」
「そんなことないよ。いい意味で関係が変わっても変わらないものがあるって結構大事なことだよ?」

砂浜近くのベンチに腰を下ろす。隣の郁弥に目をやれば何か言いたいそうな表情をしていた。

「郁弥?」
「そうだね。……ねぇ、今年のプレゼントなんだけどさ、」
「あ、そのことなんだけど、郁弥の欲しい物をあげたいから何かあったら教えて」
「物はいいよ。だから……きみの時間を僕にくれない?今年だけじゃなくて、来年も再来年も」

そう言って少しばかり冷えた私の手を取って真面目な表情を見せる。唐突すぎて頭が回らない。目をぱちくりさせることしかできないけど、ええと、それはつまり――

「え、それはもしかしてプロポーズ……?」
「べ、別にそういうつもりで言ったわけじゃないけど、いつかはそうなれたらいいな、とは思ってるよ……」

徐々に声が尻すぼみになっていくのを感じて、意図せずそういう意味を含めた言い方をしてしまったんだろうなというのを悟る。照れくさそうに顔を逸らすのに握られた手はそのままなのだから何だか私まで気恥ずかしい気持ちになってくる。
今はまだ恋人同士でいることにこれ以上ない幸せを感じているし、その先のことなんて深く考えたことはなかったけど……でも私も郁弥とはいずれそんな関係になれたらいいなあと思う。郁弥とならこれからも充実した日々を送れると強く感じる。今はただ郁弥と出会えたこと、私を好きになってくれたことに対してありがとう、とそう言いたい。

「うん。いつかそうなりたい」

指先に力を込めてそっと頭を預ける。ただだだ、純粋に愛おしいという気持ちが湧いてくる。いつも郁弥に与えられてばかりで私は同じように返せているだろうか。今日だって郁弥の誕生日なのに何かを与えるどころか私が満たされてしまっている。

「ねぇ郁弥」
「なに?」
「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。これから先の活躍をどうか近くで見守らせてね」
「ありがとう。なまえのためにももっと頑張るから」

そう言ってこぼれた微笑みは春陽のようにあたたかくて優しい色をしていた。


2022/03/02

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