くちびるで奏でるいとおしさ
恋愛の仕方や恋人同士の付き合い方は人それぞれだ。
私と郁弥はごく普通の男女交際をしているけれど、二人ともベタベタするような付き合いがあまり得意ではないせいか、恐らく他のカップルよりはスキンシップというものが少ない。けれど触れ合うこと自体が嫌なわけじゃないからハグしたりキスしたりすることはもちろんある。でもそれは刺激的な快楽を求めてとかそういうものではなく癒しを求めての行為に近い。
だからいま目の前に映る、いつになく積極的な郁弥とその行為によってこれでもかというほどに上がっている自分の心拍数に、いよいよ頭が茹だるのではないかと脳内は軽くパニックを起こしていた。
「ん、はぁ……」
いつもなら軽く触れて終わるキスが、今日は珍しく唇が離れたと思ったら数秒見つめ合った後、郁弥が再び顔を近づけて来たので反射的に私はそのまま目を閉じた。しかしそこで終わるどころか角度を変えて深いものになっていくのを感じて、いい意味で郁弥らしくないそれに驚きながらも私は素直に受け入れた。
郁弥の部屋でソファーに並んで座って最近出来たと話題のカフェのサイトをタブレット見ていた時、ふと郁弥のほうを見たら思いのほか至近距離だったことに気付いて思わず胸が鳴って。いつもなら特に気に留めることなく郁弥は微笑んで話題を続けるのに、今日はどこか真剣な雰囲気を漂わせていた。このキスはそれと何か関係しているのかな。なんて上手く働かない思考でぼんやりと考える。
息が苦しくなって来たところで自然と唇が離れてどうしたの、と言いたくて郁弥を見つめるも、甘く溶かされた吐息からは酸素を求めてただ呼吸することしかできずにいた。
「口の中熱くなってたね。気持ちよかった?」
少し不安そうに、しかしこれ以上なく優しい声音で問いかけてくる。普段の郁弥からは想像できないその言葉に恥ずかしくなって小さく頷くようにして俯けば、よかった、と安堵したように郁弥は呟いた。なに、なに、本当にどうしちゃったの。
「きゅ、急にどうしたの、何かあった?」
嫌だとかそういうことは全然ないんだけど単純に真意が気になって思ったことをようやく口にすれば、郁弥は一拍置いて「日和がさ、」と事の発端を話してくれた。
要約すると「郁弥は想いを口にするのが得意じゃないからたまにでいいからちゃんと伝えたほうがいいよ」と言われたらしい。付き合っているからわかってくれてる、なんていうのはただの傲慢で疎かにしてると長続きするものもしないから、と。
そのアドバイスを素直に受け取った郁弥はいつもよりちょっと深いキスをしたというわけだ。納得はしたけれど、別に今まで不安や不満を感じたことは一度もなかったんだけどな。
内に秘めた想いをキスで表現する郁弥を思うと意外と思考が単純で可愛いな、私って大事にされてるな、という思いと同時に言いようのない恥ずかしさがこみ上げてくる。
「僕は思ってることを口にするのが得意じゃないから……びっくりさせちゃったらごめん」
「ぜ、全然!確かに驚きはしたけど、その、嫌だなんて思ってないから……!」
付き合ってるんだからそんなこと思うわけないのに。強く訴えるように郁弥を見れば「うん、ありがと」と先の自分の行動が今になって恥ずかしく思ったのか、ほんのりと頬を赤らめて口元を隠した。
「なまえといる時の空気が心地よくて当たり前に感じてつい伝えることを忘れがちになってたけどその、僕はいつも君のこと想ってるから」
「……うん。私もだよ」
改めて想いを口にするって結構恥ずかしいな。でもそれはきっと郁弥も同じだと思うから。二人して少し気まずそうに頬を染めて照れくさそうに笑い合う。気恥ずかしさもあるけどこの空気感が、郁弥との時間がたまらなく好きで愛おしい。
郁弥が柔らかい手つきで私の髪を撫でるように滑らせる。
「……もう一回してもいい?」
「えっ、と、濃厚なのはその、心臓が持たないからできれば軽いのがいいな、と、」
郁弥の想いがこれでもかと詰まったあのキスは正直今までにないくらい気持ちよかったから本音を言ったらもう一度して欲しいけど、されたらされたで本当に今度こそ心臓がどうにかなりそうでジレンマを抱える。
窺うように郁弥を見れば「うん、わかった」と微笑んで指を絡めとった。
指の先から、手のひら全体から伝わる温かさがまるで郁弥の想いを表しているかのようで。優しく触れた唇とほんの少しのドキドキがひどく心地よく感じられた。
2021/11/28
title:まばたき
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