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この鼓動で教えてあげるよ

幼なじみの郁弥となまえが付き合い始めたのはつい最近のことだ。
昔からなまえは底抜けに明るくて、引っ込み思案でよく泣いていた郁弥にとっては太陽のように、夏に咲くひまわりのような存在だった。
夏也に突き放され落ち込んでいた時に「これ私だと思って身につけて」と満面の笑みでどこのゆるキャラだかわからない気持ち悪いマスコットを渡された時は、あまりのおかしさにすぐに涙が引っ込んだほどだ。
同い年なのに当時からお姉さんぶって郁弥のことを事あるごとに「郁弥は可愛いね」「何かあったらわたしに言いなさいよ」なんて言ってきて、なまえがいつまで経っても弟のようにしか思っていないことが不服だった。なまえに限らず夏也も日和も郁弥を構うから、きっと放っておけない弟気質のようなものが滲み出ているのだろう。
それは付き合ってからも変わらず、なまえにとっては付き合うことは幼なじみの延長でしかないのかと思うと郁弥は心底悔しくもあり同時に焦燥感のようなものが募っていった。好きな子にはいつだって特別な存在でありたい。名前だけの関係で満足できるほど郁弥の気持ちは軽くはなかった。

「ねぇ郁弥。超レアな画像もらったんだけど見る?」
「何?どうせよくわからないご当地キャラの写真とかじゃないの」

ソファーに膝を曲げスマホをいじっていたなまえが何やら含みを持った笑顔で郁弥に問いかけた。郁弥は手にしていたなまえの分のコーヒーをテーブルに置いて隣に腰を下ろし、それほど大したことじゃないだろうと適当に答えて自分のカップに口をつけようとした――が、目の前に飛び込んできたその画像に思わずコーヒーをこぼしそうになった。

「これ!なんで教えてくれなかったの!郁弥がこんな格好するって聞いたら一眼レフ持って駆けつけたのに!」
「なっ……!ちょっと!なんでなまえがその画像持ってるんだよ!」
「夏也くんが酔った勢いで旭に誤送信したらしいんだけどね、旭が私にも転送してくれたの」
「バカ旭の奴っ……!今すぐ消して」

郁弥は慌ててすぐにカップをテーブルに置きなまえからスマホを取り上げようとするが「やだよ!こんな可愛い郁弥消すとか無理!」となまえはスマホを力強く抱えて隠すように背を向けた。郁弥のほうこそ嫌でたまらない。夏也が酔った勢いで恥ずかしい格好をさせてきた写真を、あろうことか彼女であるなまえに見られるなんて穴があったら入りたいなんてレベルではない。男としてのプライドを根こそぎ引き抜かれた気分だ。

「ていうかその可愛いって言うのいい加減やめてよ」
「そんなこと言われても郁弥は昔も今も可愛いし。可愛いは正義なんだよ」
「もうあの頃の僕じゃない。背だってとっくになまえより伸びてるし力の差だって歴然だ」

郁弥が力ずくで奪おうと思えばその手の中にあるスマホも容易く奪えるが、なまえにそこまで乱暴する気は端からなかった。後ろからその手に優しく触れれば、なまえは抵抗することなく丸めていた背中をゆっくりと郁弥のほうへと向ける。表情はやや不満げではあったが。

「僕のことそろそろちゃんと男として見てくれてもいいんじゃないの」

拗ねるように、けれども少しだけ悲痛を含んだ声で呟いた。
友達みたいな恋人同士というのも悪くはないが幼なじみで一緒にいるのが長かった分、恋人同士になったならやっぱりそれなりに特別なことだってしたい。大切に思う気持ちはあれど、同じくらい触れたい思いもある。
郁弥が真剣な声とともに頬に触れるものだから、なまえは明らかにいつもとは違う郁弥に胸をぎゅっと掴まれた。

「……見てる。ちゃんと見てるよ。背はもちろんだし、声とか体格とか表情とか全部。可愛いって言っちゃうのは本心でもあるけど郁弥を男の人として意識しすぎないための言葉、みたいなものなの……」

縮こまるように顔を俯かせたなまえを見て、初めて郁弥はなまえの言う『可愛い』という言葉が自分の口から出そうになった。だが本人に言うのはどこかまだ気恥ずかしいものがある。人には言わせておいてずるい気もするが。
変わりに一言名前を呼んで、視線が交わったところで頭を引き寄せ唇を奪った。

「じゃあこれからはもっと意識して」

吐息が触れ合う距離で囁くように低く甘い声がなまえの鼓膜を揺らす。郁弥がゆっくりとなまえの上半身をソファーに押し倒せば、心なしか頬がさっきよりも紅潮し瞳も潤んでいるように見えたことに、さっきの言葉が事実であることを知らせるようで内心ほっとした。

「んっ……は、」

覆い被さるようにして今度は先程よりも深いキスをすれば、なまえは吐息混じりに声を漏らす。郁弥の初めて見る積極的なそれに、なまえは郁弥が思っている以上に鼓動を高鳴らせていた。幼なじみでも友達でもなく恋人として向けられる表情。真正面から本格的に意識し始めてしまったらもういよいよ何も考えられない。
もっと触れたくて指を絡めようと郁弥がなまえの手を取れば、力なく抱いていたスマホが鈍い音を立てて床の上に滑り落ちた。

「僕だって男だし本当はもっとなまえに触れたいって思ってるんだよ」
「っ!待っ、て、」

端正な顔からは想像すらできないような細くも男性らしく骨ばった指がなまえのウエストラインを服の上からそっと撫でる。狼狽えるなまえに郁弥が「大丈夫、今日は何もしないから」と言うも、どうしても次を予感させられるその物言いにやはりなまえは気が気でなかった。

「でも次からは覚悟しておいて」

男として見てくれているならその先のことだっていつかは――。こうして触れるのも甘い表情を見せるのも、幼なじみだけでは叶わない恋人の特権なのだから。


2021/10/10
title:金星

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