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Blurred Blue

夜のプールは海のように波の音がないせいかおどろおどろしい雰囲気が漂っている。しかし月光によって控えめに水面を照らすその様はどこか幻想的で神秘的だ。
そんな静寂の中で水を切る音がプール全体に響き渡る。こんな時間に泳いでいるのはハルくらいしかいない。普段はこの時間は使えないようだけど強化期間などの時は特別に使えるらしい。四六時中水に触れていたいハルにとっては願ってもないことだろう。
こちらに向かって泳いでいるハルをプールサイドにしゃがんで待ち構える。ゴールし水面から顔を覗かせたハルは不満そうに「もう時間か?」と尋ねてきた。

「そういうわけじゃないんだけどさすがにもう遅いから呼びに来たよ」
「まだ使えるならもう少し泳ぐ」
「ちょ、ちょ、ハル!」

再び潜り込もうとするハルを慌てて引き止める。あからさまに眉根を寄せているがさすがに限度ってものがある。電気もつけずに泳いでいたところから察するに、きっと皆が出ていったあともずっと泳いでいたに違いない。ただ泳いでいたいだけじゃなくて、今以上にもっと強くなりたいという気持ちが前より全面に出ているのがわかるからできれば止めたくはないけど、普通に考えて泳ぎっぱなしも良くない。休むことも自己管理のひとつなのだから。

「まだまだ泳ぎ足りない」
「気持ちはわかるけど!そろそろ休まないとダメ」
「……わかった。少し休んでから上がる」

今の間は絶対に納得してないだろうな。休むと言って何もせずただ浮かび始めたのだから、やっぱりハルと水は切っても切り離せない関係みたいだ。
ハルがゆらゆらと浮かんでる姿を眺めていれば「夜のプールも悪くない」と呟いた。

「確かに。こんな貸切状態の夜のプールなんてなかなか入れないもんね」
「なまえも入るか?」
「この貴重な体験できれば逃したくないけど水着ないから入れないよ」
「着たままでも問題ない」
「いや、大アリだよ。真顔で何言ってんの」

何もかもが濡れて帰るどころではなくなってしまう。着替えを持ってきているならそれもやぶさかではなかったんだけど。でも足を浸からせるくらいはしたいかも。そう思い、足首だけ入れてちゃぷちゃぷと遊んでいれば横になっていたハルがこちらへと寄ってきた。

「あれ、もう上がる?」
「なまえ、手」

ハルがおもむろに手を差し出してきて疑問符を浮かべる。上がるから手伝えってこと?足を浸からせたままだと落ちるし一旦上がろう、なんて思っていれば不意にハルに手を取られそのまま抱き抱えられるようにして揺れる水面に体が沈んでいった。

「へ?え……っ!?」

ざぶん、と大きな音が波を立てて広がる。すぐに酸素を求めて顔を出せば、目の前には微かに楽しそうな表情を覗かせたハルがいた。

「っは!ちょっとハル!いきなり何すんの!」
「入りたいなら入ればいい。後のことはその時考えればいい」
「無責任なこと言わないでよ」

とは言ったものの、こうなってしまったらもう今更何を思っても仕方がない。タオルくらいならハルも多めに持ってるだろうし、そこは私を無理やり引き込んだ責任としてどうにかしてもらおう。
にしても服を着たままのせいで水分を含んでいて体が重い。無意識にハルの腕を掴んだらそのまま支えるようにして腰に腕が回り、必然的に近くなった距離に思わず息を飲む。水を滴らせ私の髪をかき分けるハルが何だか妙に色っぽく見えて、薄暗い中なのに赤くなる顔を見られるのが恥ずかしくてそっと俯いた。

「おまえにも体験して欲しかった」
「……わかってるよ。ハルのおかげで実際いまちょっとだけ開放的な気分だし」

全身水に濡れたことで諦めがついたというか吹っ切れたというか。何だかおかしくて自然と笑みがこぼれる。「たまにはこういうのも悪くないね」そう言って顔を上げたと同時にハルの顔が近付いてきて、唇に水気を含んだ薄く柔らかいものが当たった。目を見開いて固まってそして数秒後に理解する。至近距離で見るハルはいつもと変わらない表情をしていて一瞬勘違いかと思わされたが違う。確かにキスをされた。

「……俺も開放的な気分になった」

相変わらず表情も声のトーンも変わらない。けれど私に触れる手だけは少しだけ力が入っているのが水を通して伝わってくる。それが何だか恥ずかしくもあるけどハルらしいなとも思った。
静まった夜に薄暗い水の中。動く度に耳を攫う水音が一層緊張感を増幅させる。まるで二人だけの世界みたいだ。
お互い何も言わずそのまま見つめ合い、どちらともなく顔を寄せる。これも開放的な気分のせいだと誰にするわけでもない言い訳をして。


2021/10/07

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