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作者と読者の適正距離

「ここが噂のあの天才漫画家、岸辺露伴先生の家ッ……!!まさかこの杜王町に住んでるとは……!」

 「こんな身近なところで憧れの漫画家さんに会えるなんてやばすぎる!!」と興奮気味に話す私の横で、康一くんは「ちょっと……いや、だいぶ変わってる人だけれどね……」と苦笑いを浮かべていた。

 私は今、連載当初から大ファンである『ピンクダークの少年』の作者、岸辺露伴先生の家の前にいた。康一くんとは先生の作品のファン同士という事で、毎週感想の述べ合いをする仲なのだ。
 そんな時その露伴先生がこの杜王町に住んでいて、なおかつ康一くんは家にも遊びに行った事があるというではないか。そんな話を耳にしたら何が何でも会いたいと思うのはファンなら当然の事だろう。
 そんなわけで何とかして会えるように康一くんにお願いして今に至るというわけである。どうやら康一くんは露伴先生にとても気に入られているらしく、先生から誘われる事もよくあるんだとか。何それ羨ましすぎる!その割に当の本人は何だか若干引きつったような顔をしてあまり楽しそうではなかったけれど。

 気乗りしない顔で康一くんがインターホンを押せば、しばらくしてドアが開く。憧れの岸辺露伴先生――一体どんな人なんだろうか。早く会いたい。わくわくとドキドキで高鳴る心臓を落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸をし、ゆっくりと扉の先にいる人物に視線を移した――。

「やあ、康一くん。君の方から訪ねに来てくれるとは嬉しいよ」
「あー……いえ、そのぉ〜……実は今日は先生に会いたいっていうファンの友達を連れてきまして……」

 そう言って康一くんは露伴先生に私を紹介している。――が、私はそんな康一くんの声を受け流しながら直立不動でただただ目の前に立つ先生を凝視していた。想像よりも若くて格好良くて思わず見惚れたというのも間違いではない。けれどそれ以上に目を引く部分がたくさんあったから。

「ほう……女性のファンもいるのか……。実際に会ったのは初めてだ」

 先生は顎に手を当てながら興味深そうに私を見る。
 先生に会ったら自己紹介をして作品への愛を余すところなく伝えてあわよくば康一くんみたいに仲良くなって――なんて思っていた。数分前までは。でもそれは会った瞬間に吹き飛んでしまった。だって――

「プッ、アハハハハ!!アハッ、もう、ダメ!何ですかその髪型に服装……面白すぎ!漫画だけじゃなくて先生本人も面白いなんて……!もう笑いが……笑いが止まらない〜〜っ!!」

 堪えきれず、声を出して笑う。だって一体どこで買ってるのかと聞きたくなるような個性的なデザインをした服に加え、へそ出しときた。仗助や億泰の制服もすごいけど……それとは比べ物にならないくらい色々と派手だしインパクトが強い。

「ム、初対面で人の顔を見て笑うとはずいぶんと失礼な奴じゃあないか!おい康一くんッ、この女は本当にぼくのファンなのかねッ!?」
「ヒィッ、は、はいーッ!大好きだと言ってましたァーーッ!」

 漫画だけじゃなく服のセンスも天才的な先生マジやばい。……ああ、もうダメやっぱり我慢出来ない……!

「アハハッ!ヒィ〜ッ、ごめ、フフッ、ごめんなさい。色々とすごくて衝撃的で……フフッ。漫画家って変わった人が多いってよく聞きますけどまさかここまでとは思ってなくて……フフッ」
「いい加減笑うのをやめろォーーッ!!」
「あ、でもそのイヤリングはすごく可愛いです!Gペンモチーフとはさすがですねぇ〜!私も欲しいなぁ〜〜っ」
「と、とりあえずここじゃあアレですし、お邪魔させてもらいますよ露伴先生!」

 「ほらなまえさんも入って!」と康一くんに半ば無理やり促されながら、未だに治まらない笑い声を必死に抑えるようにして先生の家へと足を踏み入れる。
 しかし笑いながらも内心ではこれもう完璧第一印象最悪じゃん!とうな垂れていた。だって憧れのマンガ家に会えたっていうのにこの出会い方はさすがにどうなの!?ああ、私が思い描いていた出会いはこんなはずじゃあなかったのに……!それもこれも先生のせいだ!……と理不尽な言い訳をしてみる。いや、でも、先生の記憶に強く残るんだったらこれはこれで悪くないかも……?

「まったく、こんな胸糞悪い読者は初めてだぞッ!」

 ビシィィーッ!という擬音が先生の背後に具現化しそうな勢いで力強く顔を指を指される。

「でも『ピンクダークの少年』が大好きなのは本当です!なんて言うんですかね、こう、迫力があって躍動感があって……キャラもとても魅力的ですし、上手く言えないんですけど……とにかく先生の作品は素晴らしいです!他の誰にもマネ出来ない唯一無二の作品ですッ!!」

 身振り手振りで心からの思いを打ち明ければ先生は「フンッ、当たり前だ」と一言言い放った。それはもう自信たっぷりで。普通の人ならただの傲慢にしか見えないけれど、露伴先生が言うと心底納得出来る。それはやっぱり先生が天才で偉大で、一言では言い表せないくらいすごい人だから。

「……本当なら今すぐ追い返してやりたいところだが……ぼくのファンというのは事実のようだし、康一くんに免じて大目に見てやる」

 「まあファンという事以外は間違いなくあのクソッタレ仗助やアホの億泰と同じ匂いがするけどな」と先生は吐き捨てる。必死になっていたわけじゃないけど一応私の熱意は伝わったのかな……?

「本当にすみませんでした。漫画家の人って地味なイメージがあったのでギャップに耐えきれずつい……」
「あーもうその話はいい。……悪いが今日はまだ仕事が残ってるんだ。あまり長居されると困るんだが」
「そ、それじゃあ今日はもう帰ろうか、ね、なまえさん!」
「そうだね〜。今日のところはひとまず失礼します」
「"今日のところは"だと?おい、まさかまた来る気じゃあないだろうな?」
「え、ダメですか?」

 むしろこんな風にいつでも会いに行ける距離にいるのに行かないなんて方がありえない。当たり前のように聞けば露伴先生は「君はどんだけ図々しい奴なんだ」と険しい顔をする。

「言っておくが君の第一印象は最悪だぞ」
「それは痛感しております……」
「だがそうだな……ぼくの作品のために協力するってんなら再び家に入る事を許可してやってもいいぜ」
「えっ、むしろいいんですか!?どんな形であれ、先生の作品に関われるなんてファンとしてこれ以上ない幸せです〜っ!ぜひ協力させて下さいッ!」
「ちょっとッ、ま、まさかなまえさんを本にする気じゃあ……!」
「ああ、もちろんそのつもりさ。康一くんの友人ならきっといいネタを持っているに違いない」

 本?先生と康一くんは一体何の話をしているんだろうか。何はともあれ、これで先生と仲良くなれるきっかけが出来た!やばいどうしよう、嬉しすぎて自分でもよくわかるほどに今の私は最高に浮かれ気分である。
 ただそのせいで、黒く怪しい笑みを浮かべている露伴先生と、それに必死で抗議している康一くんがいた事はもちろん知る由もない――。


2016/07/16

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