ほんとうは君のことだけ想ってる
夢を、見ていた。
郁弥がいつになく素直で甘えたで夢の中の私は至極驚いていたが、普段感情をあまり表に出さない郁弥がそんなことをするのが嬉しくてたまらなくて、どうか覚めないでくれと夢うつつの思考でぼんやりと願っていた。しかし悲しいかな。続きを見ようとすればするほど脳は冴えてしまうもので。
無意識に寝返りを打った瞬間、足に何かが当たる感触がして思わず目を開けた。薄暗い部屋の中で視界を捉えたのは、腕を枕にして至近距離でこちらを見つめる郁弥の顔だった。
「起きた?」
「やば、寝ちゃってた……」
「僕を放ったらかしにして眠りこけるなんてほんといい度胸してるよね」
寝起き早々、夢とは真逆の小言を言われてあれが夢だったことを実感する。普段もまったく素直にならないわけじゃないのだけど、今みたいに私がうたた寝をしてしまったりとやらかしてることが多いから実際に文句を言われると反論はできない。
しかし私が直前まで起きていた時は電気がついていたのが、今は消えている。その意味を考えるだけでそんな小言すらも愛おしく思えてしまうのだ。
「ごめん。郁弥といると落ち着くからつい」
「別に今に始まったことじゃないから気にしてないけど」
なんて言ってるわりに口がへの字に曲がっている。見るからに拗ねているのが丸わかりだ。ベッドに横になってはいるものの、見たところ寝てたわけでもなさそうだし、もしかしなくても横でずっと寝顔を見られていたのだろうか。
最近は郁弥はもちろんのこと、私も課題やサークルで忙しかったりであまり会えていなかったから郁弥が拗ねてしまうのも無理はない。「会いたかった」「寂しかった」直接的な言葉は口にしないけど態度や口ぶりからその気持ちが垣間見えるから、私はいつも怒られないように頬が緩むのを抑えることに必死なのだ。「私に会えなくて寂しかった?」なんて聞こうものならきっと今以上に照れ隠しで悪態をついてくるだろう。想像するだけでそれも悪くないなと思えるのは、私が郁弥のことが好きでたまらないからかもしれない。
「あ、そういえばコーヒー」
郁弥が準備していたことを思い出し、軽く頭を起こして郁弥の先にあるテーブルに目をやれば、私のカップには8分目ほどまで注がれたそれが置かれていた。郁弥のほうは空になっているのを見る限り、飲んでいる間も私が目を覚ますのを待っていてくれたのかな。無理にでも起こしてくれて良かったのに。
「せっかく淹れてくれたのにごめんね」
「いいよ。なまえも忙しかったんでしょ。日和からも何となく話は聞いてたし」
静かな室内には郁弥の心地の良い低い声と微かな衣擦れの音が聞こえる。外は鈴虫の鳴く音と時折通り過ぎる車の走行音だけがわずかに聞こえてくるだけだった。
「だからこそ今日は一晩中郁弥といろんなこと語り明かしたいって思ってたのに……」
郁弥がコーヒーを淹れてくれている数分の間に寝落ちしてしまった。会えた嬉しさで気分は上々だったはずなのだけど、それ以上に自分でも気付かぬうちに疲労が溜まっていたらしい。
郁弥の家に行く道中も大会の話を聞いたり、夏也さんの話を誇らしげに話しているのを聞いたり、最近駅前に新しくできたカフェがあるから今度行ってみようなんて色々と話はしていたけれど、それでも話題が尽きることはない。郁弥といるだけで楽しいし他愛ない話でも私にとってはそれが何よりも最高の癒しだから一分でも無駄にはしたくなかったのに。
「話なんて明日起きた時にすればいいんだし今日はもう寝なよ。眠いんでしょ」
「なんか私、素泊まりしに来ただけの人みたいになってない?」
「うん、そうだね」
「はっきり言われるとそれはそれで悲しいんだけど」
「……でも僕はそれで充分だよ」
ふと郁弥の左手が私の右手にゆっくりと絡まり、薄暗い中に見える柔らかな表情にデレを察知する。あれ、もしかしてこれ、素直なターンの郁弥なのでは?少しばかりの緊張と期待で続きの言葉を待つ。
「なまえといるとすごく安心するから」
「夢じゃない……」
「何の話?」
「夢の中の郁弥はとっても素直でいつになく甘えたさんでドキドキしちゃったなーって話」
握り返して少しだけからかうように言ってみれば郁弥はムッとしてすぐに手を引っ込められてしまった。ああ、せっかく素直な郁弥が見れたのに機嫌を損ねることを言ってしまった。
こういう素直じゃない郁弥ももちろん可愛い――と言ったら怒るから言わないけど、どうせだったら今日くらいはとことん素直になって欲しいな、なんて。もしかしたら郁弥にそうして欲しいんじゃなくて本当は私がただ甘えたいだけなのかもしれない。
「ねぇ郁弥」
「もういいから早く寝なよ」
「……寝る前にキス、して欲しいなぁ。だめ?」
ねだるように言えば郁弥はきまり悪そうな顔で黙り込む。即答で拒否されるかと思ったが、そうはしなかったことを考えると郁弥なりに何か考えているのかもしれない。
大人しく返事を待っていれば、郁弥がゆっくりと身を寄せてきてそれから触れるだけのキスを落とした。
「……これで満足?」
「うん、大満足」
嬉しくてたまらなくて顔が綻ぶのを抑えきれなくて今度は私から郁弥に身を寄せる。押し付けるように胸元に顔を埋めれば、郁弥は何も言わずに私の背中に腕を回した。見た目以上にしっかりとした体つきに全身から伝わる心地の良い体温に癒されているのをこれでもかと感じる。
おやすみ、と囁いた郁弥の声に今夜はとびきりいい夢が見られそうだと思った。
でも、できれば夢の中の郁弥は起きた時に見たいなあ。
2021/09/26
title:金星
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