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いたずらになにを残してあげようか

顔がいい男が言う「モテない」ほど信用できない言葉はない。相手があの隠岐なら尚更だ。むしろ隠岐は言動のすべてが疑わしい。
今も視線の先に捉えた、C級の女の子たちに話しかけられているあの微笑みだって本当かどうかわかったもんじゃない。

「お誘い?告白?」
「見てたんかいな。道聞かれてただけやって」
「他にも人がいる中で声掛けられるなんてさすがイケメンはモテますねぇ」
「だからモテへんって言うてるやろ」

ボーダー内のラウンジにて休憩していた私を視認した隠岐はそのままこちらへ向かってきた。そして当たり前のように向かいに座り、手にしていたペットボトルに口をつける。その様を頬杖をつきながら眺める。本人はそうは言うが、これだけ人がいるのにわざわざ隠岐に声を掛けるんだからどう見たってそういうことだと思うんだけどねぇ。
ランク戦もなく、換装を解いているためトレードマークの赤のサンバイザーはない。そのせいで整った顔――泣きぼくろとおっとりとした瞳が影を作ることなく晒されていた。特にイケメンに目がないわけでもない私がついまじまじと見てしまうくらいなのだから、やっぱりこの男は世間的にはイケメンと言うのだろう。ボーダー内でもファンが多い烏丸くんに劣らないくらいなんじゃないだろうか。何となく雰囲気も似てるし。
しかし私はそんな彼のことがどちらかというと苦手だ。整いすぎた容姿もひとつの要素だが、それ以上に何を考えているかわからない、何を言ってものらりくらりと躱される飄々とした雰囲気がどうにも居心地が悪いからだ。

「謙遜も度が過ぎると嫌味になるってこと、隠岐はそろそろ気付いた方がいい」
「そんなこと言われてもホンマのことやし」

とはいえイケメンの恋愛事情が気になるか気にならないかと言われたら話は別だ。純粋に気になるし興味はある。彼女がいればもちろん納得、いないとなれば本人が何かしらの訳アリか、万人にモテるが故に好きになった人には振り向いてもらえない、もしくは本気にされない、そもそも恋愛自体に興味がない――まあ結局のところどんな理由でも納得できるのだけど。
これは完全なる独断と偏見だが、一見あまり女ウケしなさそうなイコさんや諏訪さん、弓場さん辺りが一人の子に好意を持たれるタイプだという私の勝手な分析もあながち間違いではないなと思う。そういう意味では隠岐の言う「モテない」もある種本心とも言えるのかもしれない。

以前生駒隊の作戦室に遊びに行った際、面々から隠岐の女の子の噂を耳にしたことがあるが、どれも真偽のほどは定かではない。本人に直接聞いてみても、あのまったりとした口調でいつも「あの人らホンマ勝手なことばっか言うなあ」と流される。そのくせ私には「みょうじちゃんは好きな子おれへんの?」なんて聞いてきたりして、私も馬鹿正直に「いないけど」と答えてしまうんだからまったくフェアじゃない。隠岐のせいにする要素はひとつもないが根本的には隠岐のせいみたいなもんだ。
自分のテリトリーには踏み入れさせないのに、他人のテリトリーには簡単に足を踏み入れるこの感じが何だか弄ばれているようで胸の辺りがモヤモヤとする。なのに不快感や嫌悪感を感じないから苦手から嫌いに変わることもない。何だか不思議な関係ではある。

「それはさ、好きな子には脈がないってこと?ていうか好きな子いるの?いい加減吐いたらどうなの」
「いつになく詰めてくるやん」

思わず身を乗り出して問い詰めれば、隠岐はいつもの穏やかな笑みを見せつつも若干引いた表情を窺わせた。
イケメンの恋愛事情が気になるとはいえ、まさか隠岐に対してここまで興味を持っていたなんて私自身少しびっくりしている。知りたいという好奇心は本心を暴きたい、飄々とした態度の裏にある素顔が見たいという気持ちの強さの表れでもあるのだけど。もはや何でもいいから知りたいという感じでもある。
押しの強さにようやく折れたのか、降参とでも言うように隠岐は両手を軽くあげた。やっと答える気になったか。
仰け反らせていた背中をゆっくりと戻したところで私も聞く体勢を整える。

「好きな子はおれへんよ」
「もったいぶっといてそれかい。むしろそれすらも信じられないけど」
「心外やわぁ。みょうじちゃんが一人で勝手に盛り上がってただけやのに」

面白みのない返事に盛大にため息を吐く。パックジュースを啜ったがすでに飲み干していたことを忘れていて空気の抜ける音が漏れ出た。いないなら曖昧な態度取ってないで最初からそう言えっての。言われたところで信じてもないけど。本当にそういうところが掴めなくて、読めなくて、食えない。もしかしなくても隠岐って性格悪いんじゃないか?

「そういうみょうじちゃんはどうなん」
「だからー、いないって前にも言ったじゃん」
「それはどうやろなぁ。自分でも気付いてないだけかもしれへんよ?」
「何それどういう意味――」

隠岐が何が言いたいのかこれっぽっちも理解できない。意味深に何か試すようなその物言いに反論しようとすれば、不意に無防備に置かれていた手に隠岐の手が重なる。
今日ほど隠岐が何を考えているかわからないと思ったことはない。突然のそれに鼓動が速くなっている私自身の感情も。

「実はおれのこと好きやったり……とか」
「なんでよ。そんなわけ、」

ない、はずなのに。どうしてすぐに否定の言葉が出てこないのか。
本当に今まで隠岐のことをそんな風に意識したことはない。心当たりだってない。ただ気付いたらよく話すようになって、何を聞いてもはぐらかされることにもどかしさを感じながらも同時に日に日に隠岐のことが知りたいと思うようになっていた。それはちょっとした意地みたいなものだったと思っていたのに。

「おれに興味持ってくれてるってそういうことちゃうの?」

興味を持っているのだって単にイケメンの恋愛事情が気になるってだけで嫉妬もしていない。なのに、なんでこんなにも頬が熱くなってる。

「顔、赤なってる。そんな顔もするんやなぁ」

口元に柔らかく弧を描いて隠岐は微笑む。それがいつになく色気のようなものを帯びていて本当に、本当に調子が狂う。そんな顔今まで見たことなんかない。
あれだけまじまじと見ていた顔が直視できなくて、未だ触れられている手に視線をやるしかなかった。その手だって強ばって振り払うことすらできやしない。周囲の話し声がいやに耳に響く。

「そ、そういう隠岐こそ、好きな子いないとか言ってほんとは私のこと好きだったりするんじゃないの」

なんて、ありえないけど。そう、そんなこと絶対にありえない。
だからいつもみたいに流すのではなく「そんなわけない」と言うと思っていたのに。そう言ってくれたらこの鼓動の高鳴りだって勘違いで済ませられたのに。

「かもしれへんなぁ」

周囲の話し声に溶けるように囁かれた予想外のその一言に聞こえないふりをしたかった、のに。
逃がさないとでも言うように包まれていた手に指が絡まれば、私はもうその熱を振り払う方法を知らない。


2021/05/23
title:金星

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