other

心臓の音だけ聞こえる世界で

死とは不平等な世界で万人に平等に与えられる。けれどどう終わるか――病気、事故、事件、災害。たとえ同じ原因で死を迎えたとしても、歩んできた人生は誰一人として同じではない。
デビルハンターとして生きている限り、まともな死に方はしないだろうと覚悟はしていた。早々にあっけなく死ぬか、運良く生きながらえてあっさり死ぬか、ただそれだけの違いだと。そう思っていたのに――さすがにこれはあんまりだ。

「っ、ハッ、ハァッ、ハァ……ッ」

夢見の悪さに目が覚めた。どうやら相当うなされていたらしく、激しい動悸に胸を抑える。ままならない呼吸を落ち着かせるように体を起こし、ふと掛け時計に目をやれば、まだ二時過ぎで眠りについてから二時間も経っていなかった。デビルハンターになってから、眠りが浅い上に気分の悪い夢を見ることが増えた。もしかしたら私はこの仕事が向いてないのかもしれないと今更ながらに思う。

「ハァーッ……」

重い深呼吸をひとつ吐けば、カチカチと時計の針の音が脳に冴え渡ってくる。デンジくんもパワーちゃんもアキくんも皆寝静まっている時間だ。物音ひとつ聞こえてこない。この深夜の静けさがまるで私を現実から遠ざけているみたいで妙な孤独感に襲われた。
水を飲もうと立ち上がれば、リビングから冷蔵庫までの数メートルの距離すら長く感じる。おまけに足も体も重く、まるで病人のような足取りだった。
深夜にはなかなか刺激の強い冷蔵庫の明かりに目を眩ませながら喉を潤せば、最悪な気分も少しだけマシになった気がした。

――私はアキくんに殺されて、アキくんはデンジくんに殺される。
未来の悪魔が視せたいつか来る現実なのか、正夢を予言する夢なのかは定かではないが、どちらにせよ死ぬという結末は変わらない。でもさすがにこんな死に方は堪えるし、純粋に予想外だった。
どういう状況でアキくんに殺されるのか、なぜアキくんがデンジくんに殺されるのか。詳細こそわからなかったけど身近な――家族のように思っている人に殺されるのは、胸が張り裂けそうな思いと同時にこれ以上ない綺麗な死に方だとも思えてしまうから何だか複雑だ。
そんなことを考え出したら脳が冴えてしまって、しばらくは眠れそうにないと悟る。それにアキくんのことを思ったら眠るのが怖くて――何でもいいからそばにいたい思いに駆られた。
死ぬのが怖いんじゃない。アキくんに殺されるのが怖いんじゃない。ただ今は、わかりやすい温もりを欲していた。アキくんに触れて、体温を感じて、安心して、私が、アキくんが生きていることを全身で感じたいと思った。
リビング横のアキくんの部屋のドアノブにそっと手をかける。ノックもせず、まるで夜這いをするみたいに音を殺して忍び寄る。
ここはアキくんの家で、私はたまにこうしてお邪魔するくらいでデンジくんやパワーちゃんみたいに一緒に住んでるわけじゃないから、家族というには少し違うかもしれない。でも私は三人のことは家族のように思っている。悪魔に家族を殺された私にとって、もうひとつのかけがえのない家族。だから襲う気なんてこれっぽっちもない。でも普段はクールで格好いいアキくんの無防備な姿を目の当たりにしたら、何だかひどく安心した気持ちになった。この気持ちはきっと子が親に抱くものに近いかもしれない。
寝ているアキくんの隣に潜り込んで、無造作に投げ出されている手を取り指を密着させた。――温かい。それだけで涙が出るくらい、私もアキくんも生きているんだということを実感させてくれる。

「……こんな夜中になんだ」

至近距離で寝顔を見つめていれば、アキくんが寝ぼけ眼で眉根を寄せながら私を捉える。起こしてしまったことに罪悪感を感じつつも、レースカーテン越しの月明かりに照らされたアキくんはとても儚げで、今だけは独り占めしたいと思ってしまった。

「怖い、ゆめを見て」
「……どんな夢だったかは、あえて聞かないでおく」

聞いたところで、吐き出したところで、どうして欲しいかなんて望んでないことをアキくんはわかっているんだろう。私だってアキくんに何かをして欲しくて言ったわけじゃない。話すつもりだって元からない。ただのワガママで、私がアキくんに触れたいからそうしただけのこと。
身を寄せてアキくんの胸に顔を埋める。衣擦れの中で主張する静かな鼓動に感情を揺さぶられる。ああ、やっぱり死ぬのは嫌だな。アキくんに殺されるのは苦しいな。弱音にも似た思いがこぼれ落ちる。
公安のデビルハンターになってから先輩、同期、後輩――数えることすら苦痛になるほど仲間を失ってきた。その度落ち込んで、でも泣いてばかりじゃいられないからと自分に言い聞かせて“死”に慣れる努力をした。でも慣れてしまったら、アキくんが死んだ時泣けなくなってしまうんじゃないかと思ったら完全に心を殺すことができなかった。
アキくんは銃の魔人を倒せれば自分はどうなってもいいと言っていたけど、私はそうは思えなかった。安い命だとしても簡単に手放せるほど強くはないから。

「こうしてやるから早く寝ろ」
「……うん」

抱き寄せるでもなく突き放すでもなく、ただ手を握る力だけが強くなる。
友達でも恋人でもない。同僚であり家族のような存在のアキくんに対する自分の感情は正直曖昧だ。デンジくんやパワーちゃんにない気持ちがあるのも確かだけど、“好き”という一言で表すには何かが違う。ただ、失いたくない大切な存在であることは紛れもない真実だ。

「ねぇアキくん、明日の朝なに食べたい?私が作るよ」
「俺は別に何でも。アイツらが喜びそうな物でも作ってやってくれ」
「もっとワガママ言ったらいいのに」

やがて来るその時に今から怯えていたってどうにもならない。だからせめて、アキくんと――早川家と過ごした日々に後悔が残らないように。

「なまえが作ってくれるってだけで充分だ。パワーにメシ作らせたら……食えたモンじゃないからな……」
「そっか。じゃあ明日はとびきり美味しいフレンチトーストでも作るよ」

頭上から静かな寝息が聞こえてくる。最後の言葉はきっと届いてないだろうな。
明日の朝、アキくんはどんな顔をするだろう。メープルシロップの甘さにしかめっ面をするか、何も言わずに完食するか。どちらにせよ明日の朝が待ち遠しい。

アキくんの体温と匂いと鼓動に包まれて目を閉じる。
脳裏に焼き付いて離れない悪夢のようなそのゆめも、それが地獄のような果ての最期だったとしても。その時後悔なく死ねたなら、それはきっと悪夢じゃなくなるから。


2021/03/13
title:金星

back
- ナノ -