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ハートビート・オーバーラン

こんな気持ちはいつぶりだろう。まるで遠足が楽しみで眠れない小学生のように前日からそわそわして、頭の中は虎杖くんのことでいっぱいだった。
いつなんて言って渡そうか、そんなことを考えながら眠りについたら夢に虎杖くんが出てきて、朝からドキドキと幸福感で胸がいっぱいになった。出だしとしては好調だ。今日はいい日になるかもしれないと思ったら自然と自信がみなぎってきた。

テーブルの上には数日前に準備したチョコの袋が二つ置かれている。大きめの紙袋にまとめて入った――伏黒くん、棘くん、パンダくん、五条先生の分四つと、小さいギフト袋に入ったリボンで包装された本命用。相手はひとつ下の後輩――虎杖くんの分。
こうして見るとさすがにあからさますぎただろうか。
数日前に真希ちゃんに相談したら「選ぶの付き合ってやるよ」と言ってくれたからお言葉に甘えて付き合ってもらった。男前な真希ちゃんのことだから「あいつは質より量だろ。その辺に売ってるチョコでも買っとけ」なんて言うと思ってたのに意外と――と言ったら怒られそうだけど、親身になって考えてくれた。だから真希ちゃんのためにも勇気を出して頑張らないといけない。
虎杖くんは私にとって特別な人だから。気持ちを伝える意味でもこのくらいわかりやすい方がいいのかもしれない。

二つの紙袋を手にまずは五条先生の元へと向かった。去年のバレンタインに「チョコ大歓迎でぇ〜す!」と高らかに宣言――というより遠回しに催促をされたから、欲しがりな先生は今日は高専内にはいるはず。と言ってもどこにいるかはわからないから完全に当てずっぽうなのだけど。
とりあえず初っ端に虎杖くんに渡すのはさすがに緊張するから、どうかまだ会いませんようにと願いながら先生が行きそうな場所を探せば意外にもすぐに見つけられた。むしろ廊下の曲がり角から顔を覗かせてこちらを見ていた。

「今年はちゃんと用意しましたよ」
「え〜なになに?もしかして本命?」
「なワケないでしょう。義理ですよ、義理」

袋から取り出して義理の方を渡す。「そんなにはっきり言われると僕傷付いちゃーう」なんて思ってもないそれを無視して伏黒くんとパンダくん、棘くんらを見なかったか聞けば、広場で訓練していると教えてくれた。

「そうですか。ありがとうございます」
「悠仁もすぐに合流するってさ。……いいねぇ〜甘酸っぱい恋の青春だねぇ」

大きい方の紙袋で隠していた本命の方に体を寄せて先生は口元を緩める。からかってくる先生ほど面倒なことはないからさっさと逃げよう。もうすでに居心地が悪い。

「来年からは先生にはないからね!」
「え〜それは残念。ま、なまえなら大丈夫だよ」

雑に頭を撫でて「チョコありがとね〜」とご機嫌で去っていった。
普段はどうしようもない先生だけど、気休めなんかで大丈夫だなんて言ったりしない人だからその一言は私に確実な自信と勇気を与えた。



広場へ行けば先生の言う通り三人は訓練で組み手をしていた。邪魔しちゃ悪いと思ってキリがいいところで声をかけようと思っていたら、すぐに私に気付いた伏黒くんが挨拶をしてきて自然と訓練は中断された。

「みょうじ先輩」
「お〜なまえ、お前もやるか?」
「うん、でもその前に」
「こんぶ?」
「これ、良かったらどうぞ」

三人にチョコを渡せばパンダくんは「今年もくれるのはなまえだけかー」なんて愚痴?をもらしていた。やっぱり義理でももらえるだけ嬉しいのだろうか。男子のバレンタイン事情は正直よくわからない。

「お、今年は本命もあるな?」
「ツナマヨ!」
「肝心の本人はまだか。一世一代のなまえの告白、しっかりと目に焼きつけるぜ」
「しゃけしゃけ!」
「そのノリ今はやめて」

パンダくんがノリノリで親指を立てている横で棘くんも真似して真面目な顔で親指を立てているけれど、からかい半分なのがわかるから余計恥ずかしい。これでフラれたら大恥もいいところだ。もしそうなったら二人に徹底的に慰めてもらうからね!なんて思っていたら、伏黒くんが「先輩」と小声で目配せした。

「えっ!?嘘、待ってまだ心の準備が、」

ああ、どうしよう、緊張が一気に加速しだした。まだシミュレーションが完璧じゃないのに!と脳内でどうしようか考えていれば「あれ、みんなどったの?休憩?」と恐らく対戦すると聞かされていた虎杖くんはぽかんとしていた。

「なまえから差し入れもらったからな」
「明太子」
「差し入れ?」
「おいおい悠仁よ、まさか今日が何の日か気付いてないわけじゃあるまい」
「え、なんかあったっけ?」
「この日にソワソワしない男がいるとはな……」

呆れたパンダくんの言葉に本気で首を傾げている。「チョコと言えば!」とパンダくんが私があげたチョコを目の前で見せれば、「あー、バレンタイン?」と言いながらもピンと来てない顔をしていた。

「てかパンダ先輩チョコとか食べんの?」
「食う」
「笹じゃないんだ」

こんな状態で果たして渡して大丈夫だろうか。バレンタインすらも気にしてないってことは脈すらないのでは……?勇気が芽生えていた心に不安な気持ちが影を覆う。

「もちろん悠仁にもあるよな?なまえ」
「へっ!?あの、うん、もちろん」

ええい、こうなったらもうどうにでもなれ!勇気を出して小さな紙袋を悠仁くんの前に差し出せば「マジすか?あざっす!」と声を弾ませた。

「あれぇ〜なんか悠仁のだけ見るからに俺たちのと気合いの入りようが違うなぁ」
「そっすか?伏黒はどんなん?」
「パンダ先輩たちと同じだ」

パンダくんのあからさまなそれに余計なことは言うなよの意を込めて睨みをきかす。が、ここまで来てしまえば後戻りはできない。人の変化に敏感な虎杖くんだ。自分だけ違うものとなればさすがに気付くだろう。みんながいる前で言うのはすごく恥ずかしいけど、逆に言えばみんな知ってるからこそ言えるというのは少なからずあった。

「その、虎杖くんは特別だから……つまりその、本命、です……」

ついに言った、言ってしまった。チョコをも溶かしてしまいそうなくらい全身が熱を帯びている。
虎杖くんの声を聞くのが怖い。ドキドキしながら恐る恐る虎杖くんを見れば、誰が見てもわかるくらい照れた表情がそこにあった。「ホント?」と問いかけてくる虎杖くんに「ホントだよ」と返せば一層照れくさそうな顔をする。

「俺、本命もらったの初めてっす。超嬉しい」
「そうかそうか、良かったじゃないか悠仁。なまえのことよろしく頼んだぞ」
「しゃけ!」
「とりあえずパンダくんは一旦黙ろうか!?棘くんも!」

羞恥でどうしようもない思いをぶつけるようにパンダくんのふわふわしたお腹を叩く。手触りがいいせいで叩きがいがないのがなんだか悔しい。

「なまえ先輩、ありがと。先輩の気持ちちゃんと受け取ったから」

そう言って虎杖くんは満面の笑みを見せる。そんな彼を見たらどんどん好きが溢れていって、どうしようもないくらいに私の心をかき乱していく。
虎杖くんの横にいたパンダくんと棘くんが囃し立てるように「ヒューヒュー」と言っていたけれど、そんな声すら今は耳に入らない。
ただこの甘い空気にのまれて、目の前で微笑む虎杖くんに目も心も奪われてしまっていたから。


2021/02/09
title:ジャベリン
先輩夢主で本命仕様を周りにからかわれる

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