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愛をささやけないたちなので

「期間限定ショコラトリーカフェ開催!?」

2月某日。百貨店の催事場がバレンタイン一色に染まる中、ネットのイベントカレンダーで目にしたそれに思わず声を荒らげた。
何を隠そう、私は甘い食べ物の中でチョコが一番好きだ。あらゆるチョコの商品のレビューブログや、新商品や期間限定商品が出る度にチェックするくらいには好きだ。そんな人間からすればこのカフェはまさに夢のような空間だった。
はやる気持ちを抑えながら早速公式サイトへアクセスしてみれば、なんと今年初の開催らしい。それもそのはずだろう。チョコ好きの私がそんな情報見逃すはずがないのだから。これはもう行くしかない。

「ねぇ硝子一緒に行かない!?もちろん私が全部出すから!」
「勘弁してくれ……行くだけで胃もたれがしそうだ」
「そんな〜」

高まったままのテンションでスマホの画面を見せながら硝子を誘うも即答で断られてしまった。酷い、酷すぎる。甘いものが好きではない人間からしたらそんなものなのか。しかし硝子に断られたとなると他に誘う人が……どうしようかと考えていると硝子が「誘うなら私より適任な奴がいるじゃないか」と言ってきた。相手なんて言わずともわかる。本当は五条の顔が真っ先に浮かんだのだから。

「サイトをよく見てみろ。カップルで行けばおまけでもう一品付いてくると書いてあった」
「えっどこ!?」

そう言われてよくよく見てみれば“男女ペアでご来店されたお客様にはおまけ付き!”と書かれていた。有名店やパティシエ監修のチョコスイーツがたくさん集まるそれらが無料で付いてくるというのか。もちろん定価でもいただく価値は大いにあるが、普段お目にかかれないものがおまけで付いてくるというのはやはり魅力的だ。

「ってそうじゃない。そもそも付き合ってないし!」
「だったら今日を機に事実にしてしまえばいいだろう」
「それは……」

簡単に言ってくれるな硝子よ。あからさまにチョコを渡すのが恥ずかしいから、甘いもの好き同士の体で誘おうかななんて密かに思ったのに。五条を誘うことに下心がないかと聞かれたらそんなことは全くない。むしろ隠すことに必死ですらある。
色々思うことはあれど、一番の理由としてはこういう人が集まりそうなカフェに女が一人で行くのは少し勇気がいる。多分周りは友達同士やそれこそカップルで来るだろうし、五条は言わば隠れ蓑のようなものだ。
一体どちらが本音で建前か。それは私にもわからない。

「あれこれ考える前にさっさと誘ってこい」



「お前さぁ、友達いないの?」

チョコレートを模した店内――チョコが溶けているような壁紙に板チョコをモチーフにしたナプキン入れ。どこを見てもチョコの海。見ているだけで甘ったるい気分になってくる。最高だ。
しかしそんな気分を断つように誘った相手――五条は言う。その言葉に言い返したいけれど、今はそれよりも周りの五条に対する視線が気になって反論どころではない。
店内はほぼ女性でカップルもちらほらいるも、女性たちの全視線が五条に向けられているというこの空気は完全にアウェーだ。しかもサングラスをしているのにこの有り様。もはやここまで来るとちょっとした怪奇現象である。当の本人は一切気にしてないのがなんと言うか慣れてるようでムカつくけど。

「そんなことよりもあんたに対する視線がすごいんだけど」
「まあ僕グッドルッキングガイだからね。なまえのためにもサングラスは外さないでおくよ」
「はいはい、そうして」

五条の戯言を適当にあしらってメニューを開く。わかりきってはいたが全部美味しそうだ。ああ、これは失敗したかもしれない。開催期間が14日――今日までだからどう頑張っても制覇はできない。でもテイクアウトできるものもあるみたいだし、みんなにあげる用にお土産として帰りに買っていくのもいいかもしれない。そんなことを考えながら今食べる分とお土産にする分のチョイスをしていた。

「私このガトーショコラとザッハトルテにしようかな。五条はどれにする?」
「僕はフォンダンショコラにしようかな〜」
「ん。じゃあ注文するよ。すいま――」
「すいませーん、注文お願いしまーす」

私の声を遮り五条が手を挙げて店員さんを呼ぶ。その瞬間周囲からこれでもかというくらいの黄色い声が湧き上がった。こうなるから私が注文するって言ったのに!なんだわざとか?目立ちたがりか?ただでさえ座っているだけでも存在感を放っているのだから勘弁して欲しい。案の定注文をとりに来た店員さんも五条しか見えてないし。
つまらない。涼しい顔で注文をする五条がこんなにもつまらなく普段よりも格好よく見えてしまうのは、きっと今日という日の雰囲気に飲まれてしまっているからだ。
それから注文をとり終えた店員が恍惚とした表情で去っていく。店内の女性たちの視線を集めておいて内心では冷めたことを思っていそうだからこの男は信用ならない。きっと私の誘いに乗ってくれたのも単純に行きたかったからだろう。バレンタインの日に誘うなんて露骨だったかもしれないと思うけど、幸か不幸かお互い空いている日が偶然14日だったから結果的にはラッキーではあったけど。

「で?今日誘ってきたのはそういう意味ってことでいい?」

店員が去り、一拍置いて問うてきた五条のその言葉に心臓が跳ねる。足を組みながらこちらを見る表情は楽しそうでそれでいて自信すら見えた。
はっきりと否定もできなければ素直に頷くこともできず、濁すように単純に行きたかったことを伝えれば「ほんとチョコには目がないよねぇ」と五条は口元を緩めたまま続ける。

「でもさ、別に野薔薇や真希でも良かったんじゃないの」
「それはそう、だけど。……五条と行きたかったんだよ」
「甘いもの好き同士……ってだけじゃないよな」

急に真面目なトーンに変わり思わず息を飲む。他意はないと言えることもできたけど、14日のバレンタインに誘っている時点でそれはもう五条の言う通り“そういう意味”でしかなかった。
ずっとこの軽薄な男に対する感情を認めまいとしてきたけれど、否定したがっている時点でそれはもう好きなんだということに気付いてしまったのだ。

「期待するよ?」

しかし強情な私はそこで「いいよ」なんて言えるほどの素直さを持ち合わせていない。この甘い空気に託けて言えたなら少しは可愛げがあったのかもしれないのに。

「ま、そんだけ黙ってよそよそしくなれば聞くまでもないけど」

不意に至近距離で両手で頬杖をつきながら顔を覗き込んでくる。驚いて声を出せば「なまえの照れ顔超レア」と五条はからかって笑う。こんなやりとりですらも、今日という日の今この空間で見たら、私たちはただイチャついてるだけに見えてしまうのだろうか。そんなことをふと考えたら急に体が熱くなった。
今甘いものを食べたらきっと胃もたれする。わかっていてもそれ以上に今まで感じたことのないこの甘ったるい空気にあてられたせいでとりあえず何でもいいから落ち着かせたくて、早く食べたくて仕方がなかった。



「じゃあそろそろ出ますか」
「あ、会計ついでにテイクアウトでみんなの分買っていっていい?」
「いいけど会計ならもう済ませてあるから」
「え?」

帰り支度をしながら話していれば五条から思わぬ返しをされて目を丸くする。言われてみればテーブルの端に置いてあった伝票がない。もしかして一度席を立った時に済ませたとでも言うのか。ああ、なんたる失態。食べることに夢中になりすぎていて全く気が付かなかった。自分から誘ったからもちろん私が払う気でいたけれど、こうもスマートにやられてしまったら何も言えない。普段はふざけてばかりのくせに、たまに見せるこういうところで無意識にポイントを稼いでくるのだから悔しいことこの上ない。

「ほんと五条ってそういうところあるよね」
「どういうとこ?」
「何でもない。……ありがとね」

照れくさくて視線を上げられなかったから五条が今どんな表情をしているかはわからない。でも答えるように頭にのせられた手に、ぼそりと呟いたお礼が伝わったのだと信じたい。
それから野薔薇ちゃんや真希ちゃん、虎杖くんたちと伊地知さんの男性メンバーにお土産を買ってお店を後にした。


「あのカフェ、ホワイトデーもやるんだね」

手土産を片手に寒空の下を並んで歩く。
お会計をした際にチラシとともに「ホワイトデーにも開催するのでよろしければまたお待ちしています」と言われてしまえば行くしかない。けれどこれこそ女が一人で行くのは勇気がいる。また五条を誘ったら行ってくれるかな。チラリと五条を見上げれば「行く?」と私の気持ちを見透かしたように聞いてきた。

「え、いいの?」
「むしろ空けといて」

不意に手のひらに伝わってきた温もりに手を繋がれているのだと気付く。普通の繋ぎ方ではない、いわゆる恋人繋ぎ。冷えた指先が大きく、長い指によって私の心と体をゆっくりと溶かし熱くさせる。

「ホワイトデーに僕を独占できちゃう権利あげるから」
「……それってそういう意味?」
「なまえに今日誘われたのはそういう意味だと思ったから来たんだよ。今更聞くまでもないでしょ」

それはつまり私に下心があると知った上で来たということに他ならない。そしてそれは五条も同じ気持ちということであって。お互い直接的なその言葉をまだ一言も言ってないことが逆に羞恥を煽った。
握られた手から五条がさらにきゅっと力を込める。それだけで五条が私のことをどう思っているのかが伝わってくるから恥ずかしい。
だからせめて。この秘めた想いが伝わるように。私は指先に好きを込めてその手を強く握り返した。


2021/02/02
title:金星
同期夢主で焦れったい両片思いな二人

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