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勝手にこころに住み着くのは犯罪です

最近五条さんからの呼び出し――もとい無茶振りがすぎる。今日中にあれやっといてこれやっといて、今すぐあれしてこれしてと言われることが目に見えて増えた。
先日起きた事件の報告書を事務室でまとめていると手元のスマホが震える。画面に浮かぶ名前を見て本当にこの人はタイミングが悪いな、と思う。あと少し、本当にあと少しでこの報告書が完成するところだったのに。もしかしてわざとこういう時を狙って掛けてくる嫌がらせだったりするのだろうか。通話ボタンを押して「もしもし」と言いながら周囲を見渡す。五条さんだから瞬間移動で陰から様子を窺って楽しんでいることも否定はできないが、少なからず呪力を消費するそれをさすがにこんなことに使うことはなかったようだ。電話越しに「今すぐ迎えよろしく〜。場所は送るから」とこちらの返答を待たずして一方的に通話は終了した。それからすぐに場所が記された地図が送られてくる。

「五条さんですか?」
「ほんと人使い荒いよね。今日だって迎えはいらないって言ってたのに」

打ちかけの報告書を保存してパソコンを閉じる。上着と鞄とスマホをまとめて手に取り、「お気を付けて」という伊地知くんの若干の同情が含まれた送り出しを背に駐車場へと走った。

私は呪術師にはならなかった。なれなかった。高専で呪術師になるために日々身を粉にしてそれなりの呪霊を祓ってきたし、特級とまではいかなくても一級ないし準一級くらいは目指していたりもした。しかし夏油さんの離反や同期の灰原くんの死――呪術師をしていれば避けられないそれらに早い段階で直面したこともあって色々と自信をなくしてしまった。かといって七海くんのように呪術師の世界から離れて普通の生活をすることもできず、結局未練がましく呪術界で事務のような仕事をして早数年が経った。

地図で示された場所は都内から少し外れた山奥にある廃屋だった。長い足を折り曲げて入口で待つ姿はこの場所にはやや不釣り合いで浮いている。佇まいだけならモデルや俳優に引けを取らないくらい様になっているが、本人に言うのは癪なのでそれは私の中だけに留めておくことにする。

「お待たせしました。お疲れさまです」
「お疲れサマンサ〜。なまえにしちゃ遅いけどまいっか」

「さー帰ろ」と五条さんは勢いよく立ち上がってそそくさと後部座席のドアを開ける。「これでも法定速度内で飛ばして来ました」と垂れた愚痴が聞こえているのかはわからないが別にそれでも構わない。いつの間にかこんなやり取りも日常の一部と化していた。

「なまえ〜飴ちょーだい」
「飴なら私の鞄に……運転してるので自分で取ってください」

走り出してしまった車内で視線を前に向けたまま届きそうで届かないそれを指差す。最近あまりにも五条さんといることが多いから自発的に甘いものを持ち歩くようになった。飴だけではなくチョコやマシュマロなどラインナップも抜かりない。手が汚れないように個包装のものにしている私の気遣いに五条さんはきっと気付いてないだろうけどそれでいい。補助監督というものは主にサポート、縁の下の力持ち的存在。これが仕事であるかは考えてはいけない。

「常備してるとはさすがだね。それでこそ僕専属の補助監督だ」

五条さんは長い腕を伸ばして助手席に置いてある鞄をまさぐる。シートベルトをしていても届くのだからこういう時に長身は便利だ。いや、そうじゃない。今この人はなんと言った?

「……はい?」
「お、チョコもあんじゃん。気が利くねぇ」

補助監督をして五年以上は経つが、専属があるなんて話は聞いたことがない。先輩方の中にも専属をしている人はいなかったと思う。確かに最近五条さんにこき使われ……指名されていることは何となく感じていたが、まさか本当にそうするように根回ししていたとでも言うのか。なぜ?

「補助監督に専属という話は聞いたことがないのですが」
「あれ、知らなかった?僕がそうするように言ったの」
「そんな無茶通るんですか……」
「この僕が言ってるんだよ?ノーと言わせる前にやらせるに決まってるでしょ」
「はあ……」

五条さんがこういう人なのは昔からなのはわかっていたが、気になるのはなぜ私を指名したのかということだ。歳を重ね、高専時代に比べたら私に対する扱いや接し方は少しだけ、人並みには大人になった。単純に嫌がらせでないということは信じているし、信じたい。時折垣間見える言動は学生か――それよりも幼く見えることがあるが今は目を瞑るとして。

「なまえは補助監督の中でも飛び抜けて優秀だからね。仕事ができる奴と一緒だと楽でいい」
「ありがとうございます。その言葉だけでこの仕事をやっていて良かったと思えます」

仕事に関係ない要求がなければ私としても楽なんですけどね。とは言わなかった。
しかし自他ともに認める最強と謳われる五条さんの専属補助監督に任命されることは、五条さんの人となりがどうあれそれは光栄なことであった。尊敬している人に認められるほど嬉しいことはない。
特級術師ともあれば出張も多いし、処理案件の危険度も上がる。そんな大事な任務に私が直接関わらないとはいえ、適当な人選をするとは考えにくい。いざとなれば五条さんが一人でどうにでもできてしまうかもしれないが、補助監督である私にしかできないことだってきっとある。落ちこぼれでもこの仕事に責任と誇りは持っていた。

「でも最近はそれだけじゃないんだよね」

山道を走っていた道を抜け広い道に出るも、人が歩いてる姿は未だ見られない。変わらず風を切る音だけが静かに流れている。

「それはどういう意味でしょうか」
「なまえのことそばに置いておきたいって思うようになってね。だからなまえにもそろそろ僕のこと、ちゃんと男として見てもらいたいな〜って思うわけ」

異性として好きか――なんて正直考えたことがなかった。術師としても男性としても申し分のない要素をこれでもかと言うほど備えている人と、早々に諦め、これと言って秀でた何かを持ち合わせていない私では隣に立つどころか比べるのも烏滸がましいくらいだ。

「五条さんのことは尊敬すべき相手として見てきてたので、今の私ではすぐには答えられません」
「なまえはさ、好きって言われたら好きになっちゃうタイプ?」
「そうですね……どちらかと言えばそうかもしれません」

私は自分が好きになるよりも好きと言ってくれる人を好きになりたいタイプだと思う。実際、高専を出てから付き合った人がいたがそれも相手からの告白で始まった。私が一般人ではないのもあって結局長くは続かなかったけれど、それでもちゃんと心の底から彼を好きだった。

「ってことは押しにも弱いわけだ」
「……かもしれないです」

赤信号でブレーキを踏み束の間の静寂が流れる。ルームミラー越しに五条さんを見れば目隠しをしているせいで表情がわからない。ただ、棒付きの飴を転がす口元は弧を描いていて、それでいて妖しく見えて。そんなことを思う自分に違和感を感じてすぐに視線を正面に戻した。五条さんが目隠しをしたままで良かったかもしれない。

「じゃあもう本気出してもいいよね」

再び走り出した車は人が集まる表通りに出た。ここまで来れば高専までは十数分しないうちに到着する。いつもは気にならない距離も、独り言のように呟いた五条さんのその言葉のせいで長く感じてしまう。
もし仮に私が五条さんを好きになってしまったら専属の補助監督は続けられないかもしれない。公私混同はしないと決めている心が、きっと少なからず揺らいでしまうから。


2021/01/20
title:moss

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