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僕と噂になりますか

ここ数日、自分の中に根付いた感情がわからず考えあぐねていた。ぼんやりしすぎていたせいでドリンクの買い出しジャンケンをする前に自分から名乗り出ていて、虎杖と釘崎に不思議そうな目を向けられた。
自販機で三本目のドリンクが鈍い音を立てて落ちてくる。取り出し口から取り出せば、いつも買っているスポーツドリンクの隣のボタンを押していたらしい。覚えのないココアを見て、どうやら俺は相当彼女に対して何かを拗らせていることに気付いた。いや、拗らせていること自体に対しては本当は前から薄々感じていた。ただそれを表す言葉が見つけられずにいるだけだ。

「お、恵じゃん。おつー」
「……っす」

声がして手にしたドリンクからその人物に目を向ければ、今まさに俺を悩ませている先輩のなまえさんだった。先輩は隣の自販機で今しがた俺が買い間違えたココアのボタンを押す。

「ココア好きなんすか」
「ん〜?別に特別好きってわけじゃないんだけど気付いたらよく飲んでるみたいな感じ?」
「それ好きってことなんじゃないですか」
「そうなんのかね〜?」

近くのベンチに腰掛けてなまえさんは見るからに甘そうなココアをぐびぐびと勢いよく喉に滑らせる。そのまま戻るか隣に座ろうか迷っていれば、「突っ立ってないで座んなよ」と言われたので素直に腰を下ろすことにした。あまり長話をしていたら釘崎あたりに文句を言われそうだが、少しの世間話くらいしたっていいだろう。

「ジャンケン負けた?」
「いや、俺が自分から言い出しました」
「そうなの?恵は本当にいい子だねぇ」

それをいい子と言うには甚だ疑問ではあるが。
まるで子供を褒めるように、俺よりも小さな手のひらが優しく頭を撫でた。楽しそうな笑みを浮かべる先輩に言いようのない感情が心を支配する。子供扱いされていることももちろんだが、何より躊躇いなく触れることが異性として見られていない、先輩にとってただの後輩でしかないことを如実に思い知らされているようで少し不快だった。目の当たりにしたことはないが、きっと虎杖が相手でも同じようにするだろう。ありもしないことを考えては自らの感情に波を立たせる。
やんわりと振り払った手が少しぎこちなかったのは潜在的な気持ちの表れかもしれない。

「前から思ってたんですけどなまえさん俺のこと買い被りすぎですよ」
「え〜?恵は優秀でいい子。何も間違ってないでしょ。まあもうちっと可愛げがあったら言うことなしかな!」
「俺は別に先輩が思ってるようないい子じゃないですから」

なまえさんは俺に限らず虎杖や釘崎ともよく話をする。可愛がりという名の悪ふざけもよくあった。それに対して自分だけ特別扱いされたいだとかそんなことは微塵も思ってはいないが、それでもなまえさんにとって多少なりとも気に入られている存在であることに充足感のようなものを感じていた。
でもなまえさんにとっては本当にそれだけで、それだけがずっと俺を知らず知らずのうちに水面下でじわじわと乱していた。ここ数日のモヤモヤは多分それが原因だ。
俺のことをクールで聞き分けのいい後輩、とでも思っているらしいがそんなものは所詮なまえさんの中にあるイメージ像でしかない。

「あんまり俺のこと甘く見てるとそのうち痛い目に遭いますよ」
「痛い目ってなに……まさか暴力?元ヤン再来!?」
「手出すって言えばわかります?」
「それ意味同じじゃない?」

真面目な顔で聞き返してくるなまえさんの瞳は偽りない眼差しをしている。わざとでなく天然でしかも下心すら感じさせない。純真なそれは手のひらで踊らされるよりもよっぽどタチが悪い。
ベンチに置かれている手を取ったのは無意識だった。伝わらないなら、男として見られていないならわからせればいい。

「あんたを落とすって意味ですよ」

腕を引き寄せて耳元で宣言する。近づいた拍子に手元に置いていたココアの缶が倒れた。
目の前では目をこれでもかと見開き、耳をほんのり染め上げる先輩が映って優越感のようなものが湧き上がる。
なまえさんがそこまでバカじゃないことは俺だって知っている。だから、ここまですればさすがにわかりますよね、先輩。


2021/01/16
title:鈴音

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