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あなた専属の騎士なのです

「なまえ〜手当てお願い〜」

高専内の医務室で器具の片付けをしていれば、入口から間延びした声を漏らしながら五条さんが入ってきた。この場所にそぐわない軽快とも言える口調に少しばかり気が抜ける。

「はいはい、今日はどうしたんです?」
「指のトコ。気付いたら切れててさ〜」
「最強ともあろう方がそんなことでわざわざここに来るなんてね。五条さんだって暇じゃないでしょう」

促すより先に五条さんは腰の低い回転椅子に腰掛ける。膝の位置が高くて疲れないのかなぁと毎回そんなことをぼんやりと思う。救急箱から消毒液とガーゼを取り出し、すでに差し出されている手にそれを当てる。
わたしは視えるが呪術師ではない。簡単に言えば硝子さんの助手のようなものだ。もちろん反転術式を使って怪我を治すことはできないので、いわゆるちょっとした傷の手当てをしたりと言ったものが主な仕事だ。平たく言ってしまえばほぼ一般人である。

「だからこそここに来てるんだよ。なまえと話すの楽しいし。あわよくばそのうち気が変わって僕に落ちてくれないかなーって期待したりしてるんだけど」
「残念ですがそれはないですねぇ」
「ガード堅いねぇ。七海に釘刺されてる?アイツああ見えて独占欲強そうだもんなー」
「そもそも私と付き合っていると知りながら彼女に言い寄るアナタの神経が理解できません」
「七海くん……!」

突然割って入ってきた声の方へと視線を向ければ、ドアに寄りかかり見るからに不機嫌そうな顔をした七海くんが立っていた。腕を抑えているシャツからは血が滲んでいる。慌てて駆け寄るも「見た目ほど大した傷ではないので大丈夫です」と制されてしまった。とはいえさすがに手当てくらいはしておかないと。
五条さんから距離をとって椅子に座った七海くんは大きなため息を吐いた。それは先の任務のものか今のこの状況か。

「とりあえず五条さんはこの絆創膏を貼って……はい、これで終了です」
「ん、ありがと」
「終わったならさっさと出て行ってください。どうせ大した傷ではないんでしょう」
「ねぇなまえ、今からでもこんな堅物やめて僕にしない?」
「七海くんはそこがいいんです。五条さんはもうちょっと真面目にしてください」
「つれないね〜。ま、僕が本気出したら七海の立場がないししばらくはこの状況を楽しむとするよ」

「じゃあね〜」と手をひらひらさせて五条さんは去っていった。相変わらず飄々としていてわからない人だ。通りすがった時に七海くんは眉根を寄せていたものの、五条さんはどこ吹く風な笑みを浮かべていたことには見ないふりをした。
わたしに何かと声を掛けてくるのは七海くんの反応を楽しむためだと言うのが何となくわかるから見ているわたし自身はいつもヒヤヒヤしている。そんなことがしょっちゅうあるもんだから七海くんの表情はいつも険しいし、五条さんの時だけいつも青筋が見える気がする。先輩がああだと苦労が絶えないんだろうな。伊地知さんもそうだし、五条さんの後輩たちはきっと色々苦労させられているに違いない。

「なまえさん、」
「あっ、ごめん!今手当てするね!」
「いえ、そうではなくて」

救急箱と椅子を持って七海くんの前に移動すれば、七海くんは少し寂しそうな、不安そうな表情で目を伏せた。静かな空間に七海くんの小さく吐いた息がゆっくりと広がる。

「どうしたの?」
「なまえさんのことは信用も信頼もしています。五条さんのことも少なからずそう思っています。尊敬はしていませんが」
「ふふ、そんなこと前にも言ってたね」
「ですが二人を見ていると気が気でないのも事実なんですよ」

救急箱に添えていた手をそっと取られる。何かを訴えるような視線に緊張感が走る。
もし七海くんがわたしが五条さんに心変わりすることを不安に思ってるのならそれはとんだ杞憂だ。むしろわたしも五条さんのからかいの対象になっているかもしれない。確かにさっきみたいに他愛ない話をするのは楽しい。けれど本当にそれだけでそれ以上の感情はない。そもそもわたしが今付き合っているのは他でもない目の前にいる七海くんただひとりだ。よそ見している余裕なんてないくらい七海くんしか見ていないのだから。

「不安にさせちゃったなら謝る。ごめんね。でもわたしができることは怪我の手当てと、少しでも患者さんの気持ちを軽くしてあげられることくらいしかないから」
「今のやりとりであなたが謝る理由はありません。むしろ私はなまえさんの何事にも手を抜かないところを誇りに思っています。嫉妬……というよりは単純に五条さんに腹が立つんですよ」

なんとなく、七海くんの気持ちがわかる。わたしが五条さんを好きになることも、五条さんがわたしに手を出すことも七海くんはどちらもないと信じている。けれど自分でもわからないほどに湧き上がる焦燥感と苛立ち。きっとそういう上手く言語化できない思いを七海くんは抱いている。

「つまり何が言いたいかと言うと、全て五条さんが原因なのであの人の相手もほどほどにしてくださいと言うことです」
「うん、そうだね。そうする」

半ば投げやりに言ったそれに思わず笑いそうになったけど、それはそれであながち間違ってないんだよなぁ。

「もし何かあったらすぐに言ってください。たとえ先輩でも容赦するつもりはありませんから」

強い眼差しにときめきよりもどこか苦笑いを浮かべたくなってしまうのは、多分相手が五条さんだからかもしれない。何だかんだで七海くんと五条さんっていいコンビだと思うんだけどなぁ。本人に言ったらこれでもかと言うほどに顔をしかめるだろうから言わないでおくけど。

「ありがとう。七海くんもほどほどにね」
「あなたを五条さんから守るのが私の役目ですから」

そう真剣な表情で七海くんは言うけれど、どことなく恋人としてというよりはSPのような気がするのは気のせいかな。


2021/01/05
title:ジャベリン
お題「恋人兼セ○ム」

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