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hey,fuckin'girl!

ぼくが漫画を描く上で大事にしていることは『リアリティ』『自ら体験すること』『読者』だ。
自ら体験し徹底した取材をしなければ作品に深みが出ないし、リアルな描写は描けない。作者が手を抜けばそれは作品を通して読者にも伝わってしまう。
ぼくは読者に楽しんでもらうために漫画を描いている。だからどんな題材だろうと専門外のジャンルだろうと手を抜いたことはないし抜くつもりもない。だが……この手のジャンルだけはサッパリだ。

「少女漫画誌で短編ねェ……」

家に篭っていても仕方がないのでネタ探しのためにとりあえずドゥ・マゴへとやって来た。テラス席で周りを見やってカップルの表情や好きな男の話で盛り上がっている女子高生たちを観察する。が、ダメだ、イマイチこうピンとくるものがない。
そもそも少女漫画だからと言って恋愛要素をいれなきゃいけない決まりはないよなァ。担当はぼくのような作家が青春ラブコメってやつを描くことに期待しているらしいが、いっそのこと無視して学園ホラーとか描いてみるのもいいんじゃあないかと思ってくる。まあまだ時間はあるし片っ端から少女漫画を読み漁り、映画をひたすら見て考えを練るもの悪くないか。

「アレェ〜露伴先生じゃないですかァ〜〜!?え、こんなところで何やってるんですかぁ?」

突然目の前に現れた女にグッと眉間にシワが寄るのがわかるだけでもムカつくのに、その上なんの断りもなく当たり前のように向かいに座ってドリンクを注文している自己中さには呆れるしかない。
みょうじなまえ。どういう縁で知り合ったのかは知らないが康一くんの友人らしい。歳はぼくと同じでS市の大学に通っている。別に知りたくもないしどうでもいいことだが、以前自分からベラベラと喋っていたから覚えているってだけの話だ。何より面倒なのはこのぼくに好意を抱いてるってことだ。まあいつもふざけた態度で言ってくるから本気かどうかも疑わしいし、第一そこまで気にもしてないが。

「君こそなんだ?待ち合わせした覚えはないんだが」
「してなくたっていいじゃないですかァ。ただの顔見知りってワケじゃあないんだし」
「そう思ってるのは君だけだぜ。少なくともぼくはただの顔見知り以外に君とぼくの関係性を表す言葉はないねッ」

面倒なことになる前にさっさと退散しちまおう。荷物を纏めようと思ったが、いつの間にかテーブルに広げていたネタ帳はなまえの手に収まっていた。「何コレマジのマジでヤバイッ!」とひとりで騒ぐなまえの手からネタ帳を取り上げる。あからさまに不満そうな顔を向けられたが知ったことか。漫画家のネタ帳を勝手に見るなんて言語道断ッ!作家に敬意を払わないこの女はホントにぼくの漫画のファンなのかと疑いたくなる。

「ヤバイのは君の身勝手さだぞ」
「え、先生の青春ラブコメとかすっごい楽しみなんですけどォ〜〜〜!!どういう話ですか!?もうテーマ決まってたりします!?」
「人の話を聞けェーーッ!!」

前のめりで思いきりテーブルを叩けば「そんなに荒ぶらないでくださいよぉ〜とりあえず座りましょう?」と呑気に運ばれてきたオレンジジュースを口にした。なぜぼくが宥められているんだッ!ホントに何なんだコイツはッ!
しかしマジのマジで癪だが身近に知り合いの女性はいない。この女に恋愛に関する話を聞いてみるのは苦肉の策だがひとつの手段でもある。ホントに癪だがなッ!他人の話を聞くというのも取材のうちだ。客観的な視点から出る『深み』ってモノもある。

「で、どういう話なんです?というか恋愛モノってことは露伴先生の過去の経験に基づいて描かれるということ……!?それはすごく興味深いけど知りたくない気もするッ」
「さっきから一人でうるさいんだよ君は。言っておくがぼくにそんなくだらないモノは必要ない」

彼女と長話などしたくはないが少なからず話を聞きたいという『興味』はあった。
仕方なく腰を下ろし、温くなった紅茶を啜れば自然と気持ちも落ち着いた。

「でも先生よく言ってるじゃないですか、リアリティが大事だって。それって露伴先生自身が人を好きになればそういう『深み』の出る話が描けるってことじゃあないですか?」

急に真面目に的確なことを言ってくる彼女に悔しいが何も言い返せなかった。そんなことはぼくもわかっている。だが漫画のためとはいえ人を好きになるなんてことがこのぼくにできるとは思えなかった。自らの意思で行動を起こす、自らの意思で体験するなら大抵のことはできる。しかし人を好きになるという自らの意思でコントロールできない事象となるとリアリティを追求するにはあまりに不確定要素が多い。それに恋はしようと思ってできるもんじゃあないんじゃないのか?

「今まで誰かを好きになったこととかないんですか?」
「ないね。君ってさぁ〜頭が悪そうに見えるくせして結構核心的なところ突いてくるよな」
「え、褒められた?露伴先生に褒められた!?」
「腹立たしいってことだぜ」

とはいえ漫画のためなら何事もやってみるのがぼくのモットーだ。人を好きになったことがないから描けない、別のものを描くなんてのはただの妥協にすぎない。犯罪行為など倫理に反すること以外で可能なことならば試すほかない。
それに人を好きになった人間がどういう気持ちになるのか、相手にどういう感情を抱くのか、ぼく自身には必要ないが漫画家としては非常に興味がある。『好奇心』と『興味』。漫画を描く上では何よりも重要な要素だ。

「だったら……わたしに恋、してみません?」

ぼくが漫画を描く上で大事にしていることは『リアリティ』『自ら体験すること』『読者』だ。
彼女の自分勝手なところや人の話を聞かないところには正直イラつかされるが、悔しいことにぼくの読者でもある。ファンじゃあなかったらこんなタチの悪い誘い文句にも絶対に乗ったりしない。

「いいぜ、乗ってやるよ」

これから体験する出来事が作品にどんな影響を与えるか、それは未来のぼくだけが知っている。


2021/01/01
title:箱庭

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