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弱さをちらつかせたら撃ってきやがる

恋は曲者とはよく言ったものだ。
だから夏油に何の前触れもなく告白してしまった時、一番驚いたのは他の誰でもない自分自身だった。
すぐに冗談めかして撤回しようと頭では思っていた。けれどなぜか言葉が出てこなくて、二人の間には今まで感じたことのない沈黙が部屋に充満した。しかしそれが本気ととられてしまったようで、夏油はしばらくして「ごめん。なまえのことはそういう風には見れない」と言った。
その瞬間、夏油の優しさに自惚れていた自分がひどく滑稽に思えて、涙を流す暇もなく消えてしまいたかった。告白しようと決意したわけではない中で言ってしまったせいか、その言葉は思ったよりも心の奥深くまで刺さって今も抜けないままでいる。
去り際の「でも気持ちは嬉しかったよ。ありがとう」の一言で、さっきまで泣けなかったのが嘘のようにぼろぼろと大粒の涙が溢れ出た。

それから慌てて誰もいない談話室へと逃げ込んで、部屋の端のソファーで膝を抱えて泣いて今に至る。

「はぁ……」

文字通り涙が枯れるまで泣くという経験をしたのは初めてかもしれない。泣きすぎて目は痛いし鼻水はだらだら流すしで、気付けば置いてあった箱ティッシュは空っぽになっていた。さすがに申し訳ないから明日補充しておこう。
あれからどれくらいの時間が経ったか。ひとしきり泣いて幾分かはスッキリした。まだ胸に突き刺さった痛みは消えないけれど、寝れば少しはマシになるかもしれない。
はてさて明日からどういう顔して接したらいいものか。一年の時からずっと硝子と五条と四人でつるんできて、それを自ら壊すようなことをしてしまった。もう以前のようには戻れないのかと思ったらどうしようもなく胸が苦しい。でも夏油は優しいからきっと気を使って普通に話しかけてくれるんだろうな。あ、やばいまた泣きそうになってきた。
ティッシュももうないしさっさと自室に戻るか。そう思った時、急に視界が明るくなる。ずっと暗闇の中にいたせいで思わず目がくらんだ。

「うわっ、ビビった。いんなら電気くらいつけろよ」

声の主に合わせようとした視線を戻す。最悪だ、今一番会いたくない奴に会うなんて。振られた女の無様な泣き顔なんて五条にとっちゃ最高のネタだ。しかし言い訳しようにもテーブルの上にはピラミッドのように積まれている悲しみの跡。頭を抱えるしかなかった。バカ!私のバカ!こうなったらもう逃げるが勝ちだ。夏油への想いを吹っ切るように両手に溢れたそれをゴミ箱へと落とす。

「もう戻るから。おやすみ」
「なに、もしかして傑にフラれた?」

手前のソファーに腰を下ろした五条はパックジュースを啜りながら、世間話をするみたいなノリで聞いてきた。早々に図星をつかれ、立ち去ろうとした足が動きを止める。相変わらずデリカシーのない発言にはため息しか出ない。いつもなら言い返しているところだけど生憎傷心中の私にそんな元気はない。

「そうだよ見事に振られたよ笑いたきゃ笑え」
「いや?正直ラッキーって思ってる」
「は?」

なんだコイツは内心嘲笑いながらその上喧嘩も売ってきてんのか?
思わず顔を上げたら「てか目ヤバくね?」とか言ってきやがって、あまりのデリカシーのなさに本気で蹴り飛ばしてやろうかと思った。今なら当てられる自信ある。

「うっさい」
「だってお前ずっと傑しか見てなかったじゃん」
「当たり前でしょ。ずっと……好きだったんだから」
「これを機にさー、もっと身近な男にも目向けてみれば?」

そう言われたところでそもそも高専は生徒数が少ないし、異性となると自ずと限られてくる。私自身はあまり他学年の人と交流はないから、必然的に夏油を除けば五条ということになる。が、五条はない。断固としてない。顔が良くても性格に難アリのいい例だ。って五条の問いに何を真面目に考えているんだ私は。

「そんな人いない」
「いるだろ俺が!お前の目は節穴か?」

サングラスを下ろし、上目遣いで私を軽く睨みつけてくる顔は文句のつけようがないほどに整っている。素直にそう思ってしまう自分が無性に腹立たしい。

「五条だけはない」
「お前がずっと傑のこと見てたように俺もお前のこと見てたって言っても?」
「……は、」

五条は飲み干したパックをゴミ箱へ投げる。綺麗な弧を描き、中へと落ちていく音だけがやけに大きく聞こえた気がした。
泣き疲れて頭が働かなくて何を言われているのか理解するのに時間がかかった。こんな状態でふざけた冗談を言うなんてさすがに悪趣味すぎる。しかし私を見る五条の目はいつになく真剣さを帯びていて、それがからかいではないのだと知る。だから余計にわからなかった。

「俺にすれば?」
「……なに、言ってんの。意味わかんないし」
「わかんなくねぇだろそのままの意味だよ」
「そんなことはわかってる。この状況で言う意味がわからないって言ってるの」

なんで。どうして。そんなんじゃまるで弱ってるところに付け入ってるみたいじゃん。五条だけはないと思ってても、今のメンタルで優しい言葉なんか掛けられたらうっかり縋ってしまいそうになる。

「むしろこの状況で言わないって選択肢の方がないわ。こっちは落とすつもりで言ってんだよ」
「私があまりに憐れだったから思ってもないことをつい口走っちゃったんでしょ。可哀想。気の迷い。五条でもそんなこと思うんだね」
「フラれたくせに饒舌なこった。本気で言ってる俺の気持ち考えたことあんの?」

立ち上がったと思ったら目の前まで距離を詰めてきて、長身の迫力に思わず後ずさる。声色も明らかに低くなったし、さすがに言いすぎたかもしれない。
もし同じようなことを夏油に言われたら私だって否定する。言われた側が人を想う気持ちを無下に扱っていい権利はどこにもない。誠意を持って向き合うことが何よりも大事なんだ。

「ごめん、言いすぎた。でも傷心してる時にそういうこと言うのはずるい」
「そう、俺はずるいの。なまえが弱ってる時に口説くずるい男なの」

まだ夏油のことを完全には吹っ切れてない。仮に本気で五条と向き合うにしても気持ちに整理がついてからにしたかった。しかし正直感情が忙しくて思考が纏まらない。五条の気持ちを知ってもまだ少し信じられないでいる。
いつだったか、任務で怪我を負った時歩けない私を五条は口ではなんだかんだ言いながらも手を貸してくれた。その珍しい行動に素直に問いただしてみたら秒で置いていかれたことがあったけど、今思えばあれは照れ隠しだったのだろうか。ああ、嫌だな。胸がざわつく。

「失恋を癒すのは新しい恋って言うしなー。いい加減そろそろ俺の魅力に気付いたらいいんじゃね?」

不意に抱きすくめられ、初めて知る五条の温もりに胸が高鳴る。頭頂部で口を動かされてるせいでぐりぐりと当たって痛い。
自然と背中に手を回してしまいそうになったくらいには五条に対する偏見はなくなったらしい。純粋なる優しさかただの下心か。今はどっちでもいい。

「今のところ顔の良さと足が長いところしかないけど」
「ぶっちゃけ顔は傑よりもタイプだろ」
「おめでたい奴。でもそれは否定しないであげる」
「だろ?お前俺が素顔晒してる時まともに目合わせねぇもんな」

覗き込まれて眼前に映る青の波に目を見開く。唇が触れ合うんじゃないかという程の至近距離に慌てて顔を逸らして押し返した。心臓がこれでもかというくらい激しく音を立てている。

「ほらな?」
「今の絶対わざとでしょ……!」
「そりゃもちろん。……そういう顔、これからもっとさせっから覚悟しとけ」
「っ、」

挑発的な笑みを浮かべ宣戦布告じみたことを耳元で囁かれてしまえば、もう逃げることなどできやしない。


2020/12/27
title:まばたき

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