other

冬の彩りの重なり鳴らせば

凛然たる朔風が肌に染み始める霜枯れ時。つい数日前まで黄金色を彩っていた木々の葉は、足元の鮮やかさに浸る間もなく冬の訪れとともにあっという間に過ぎ去ってしまった。吐く息が澄んだ空気に溶けていく。
体を包み込むさまざまな温もりが恋しい季節。身を包む制服――どうやら高専の校則は比較的緩いらしく、申請すれば制服を各々の好きなデザインなどに変えてくれるという個性が出るもののひとつとなっている。そのおかげもあってか、ファッションと防寒対策としてタイツが履けるというのは寒がりの人間にとっては何ともありがたいことだった。しかし寒気と同時に気になるのは女子を悩ませる肌の乾燥だ。

「あ、硝子また手かさついてる。乾燥する季節なんだからハンドクリームしなって言ったじゃん」
「わかっちゃいるんだけどね〜、めんどいよねぇ〜」

昼食を済ませ、屋上へ続く階段の踊り場でファッション雑誌やらお菓子やらを広げておよそ女子トークと言えるのか定かではない他愛ない話を繰り広げる。久々に任務のない一日、たまには一般的な高校生らしいことをするのも悪くない。
雨や風が強い日以外は屋上で陽光を浴びながらのんびりしているが、さすがに身体の芯まで冷やす本格的な寒さが始まってしまえば任務以外で外に出るのは躊躇われた。

「その気持ちはわかるけど面倒くさがらない。ほら、塗ってあげるから手出して」
「ん〜」

雑誌を置いた硝子の手を取り、ポーチからハンドクリームを取り出す。お気に入りのブランドのフローラルの香りを漂わせながら丁寧にその白い手と指に塗り込んでいれば、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。元々生徒の数が少ないから、誰かなんて言わずともわかる。

「オマエらこんな人気のない所でなにイチャついてんだよ」
「なまえにハンドクリーム塗ってもらってた〜。どうだ羨ましいだろ野郎共」
「いや全然」
「そんなもんこっちから願い下げだわ」
「ハァ〜〜?んなこと言われなくてもこっちが願い下げだっつーの」
「はいはい二人ともそこまで」

座っているにも関わらず顔を上げなければならない事実がまた癇に障る。舌を出し、サングラスの奥は相変わらず人を小馬鹿した目つきをしている。精神年齢の低さに言い返すだけ無駄だとはわかっていても、つい反抗してしまう自分も大概である。吐き出したため息の半分が顔の良さと呪術師としての才能でチャラになってしまっていることを自覚しているから、いつになってもこのもどかしさが消えない。
傑に宥められ、冷静を取り戻すように軽く息を吐く。そのまま階段を上がり、腰を下ろした二人に諦めて気持ちを切り替える。私たちにとってこのやり取りはいつものことだ。

「つかここも結構さみーな」
「そりゃ床に寝転んだら寒いでしょ」
「二人は大丈夫かい?女子は体冷やしやすいから気をつけないと」
「冷えると手が悴んで痛くなるんだよね」

そう言いながら手をさすったところで冷たさと同時に乾燥していることに気付く。そういえばここに来る前トイレに寄ったんだった。硝子に塗ったあとで自分も塗ろうと思っていたけれど、二人が来て悟と一悶着したことですっかり忘れていた。乾燥で皮膚が切れてしまう前に塗らなくては――と床に置きっぱなしにしておいたハンドクリームを手に取ろうとしたが、それは傑の手に収まっていた。まじまじと見つめている傑に使うかと問いかければ「私は大丈夫だよ」とあっさり返されてしまい、疑問符を浮かべていた時。

「私よりもなまえがやらないと」

返事をする前にするりと手を取られる。意味ありげに微笑む傑をただぼんやりと見つめていれば、急に包み込むようにして背後に人肌が触れて肩が跳ねる。何が起きているのか必死に思考を巡らせていれば、視界を埋めるのはチューブからクリームを出すには似つかわしくない、男らしさを感じさせつつもスラリとした手だった。

「あの、傑?なにを、」
「いいからじっとしてて」

傑に優しく囁かれるように言われてしまえば否定することなどできなくて、私は大人しくされるがままにただ黙って指先と背後の温もりに意識を向けつつ不動の姿勢を貫いた。
硝子と悟がいる前でこんなことをしていたら二人が黙っているはずがない。しかし待てども囃し立てる声が聞こえてこない。なるべく動かないようにちらりと視線だけを隣の硝子にやれば、いつの間にやら狸寝入りを決めていた。悟もサングラスをしていて表情は窺えないが、きっと聞き耳を立てているに違いない。それが余計に羞恥心をかき立てる。静寂の中で微かに聞こえてくる自身の鼓動と傑の息づかいが一層緊張感を際立たせた。

「本当に冷たいね」
「……傑の手はあったかいね」
「私で良ければいつでもこうして温めてあげるよ」
「へ!?いや、その、そういう意味で言ったんじゃ……!」
「なんてね。少しは指先温まってきたかな」

指先を包み込む傑の手から心地よいフローラルの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。不思議と硝子に塗った時より甘さが加わっていた気がした。
傑が今どんな顔をしているかは依然として窺いしれない。

「……私は好きだよ」
「は!?」
「この香り。いい匂いだね」

ああ、なんだそっちの意味か。なんて頭の中では冷静に思いつつも鼓動は正直すぎるほど音を立てていた。
傑は優しいけれど時々含みを持った言い方をしたり、私の反応を楽しんでたりと少し意地悪な部分を覗かせることがある。けれど私だってそこまで鈍感ではない。むしろ察してしまう自分が酷く恥ずかしいくらいだ。
だからこそ、その言葉の意味が私が想像している未来を意味することに気付いてしまったから。
胸に秘めていた想いは降り始めた雪とともに静かに、けれどもゆっくりと私の心に積もっていく。

「私も好きだよ、」


2020/12/15
title:まばたき

back
- ナノ -