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and you.

髪は女の命とは言うものの、同時におしゃれもしたいのが女という生き物だ。つまるところ欲張りなのである。バニラ味とチョコ味とミックス味のソフトクリームがあったら迷わずミックスを選ぶ。そんな感じ。

杏色に煌めく髪と卸したてのワンピースの裾をなびかせ軽快な足取りで美容院を後にする。
カラーに限ったことではないが、たまにイメージと違っていてがっかりしたりするのが美容院あるあるだと思っているけど今回は違う。文句なしに大成功だ。気分が良くて自然と口角が上がるのをこれでもかと感じる。あまりの出来の良さにお礼も兼ねて、ヘアサロン業界御用達のシャンプーとコンディショナーとトリートメントがセットになったボトルを買わせていただいた。髪も巻いてもらったし、このまま帰るのはもったいない。そういえば近くのカフェで新作のタルトが出ていると美容師さんから聞いた。どうせならそこでひと休みしてから帰ろう――と歩みを進める前にスマホを取り出し、ある人物に連絡を入れる。すぐに了承の返事が来て思わず頬がだらしなく緩む。
人混みが気にならないくらい今の私は気分がいい。脳内でステップを踏むように、踊るように、さながら気分はバレリーナのように。雑踏の中をすり抜けるようにして目的地のカフェを目指した。


お店に到着して数分後――入口で獅子のような髪型の人物を目にして手を振れば、彼は店員に一礼してこちらへ向かってくる。

「急に連絡してごめんね」
「構うことはないぞ!俺たちは付き合っているのだから何も問題はない!」

そう言って今日も豪快に笑う杏寿郎に、周囲のお客さんたちの驚いた視線が集まる。恥ずかしくなって小声で座るように促せば、杏寿郎はお客さんたちに「迷惑をかけた」と謝罪を述べて腰を下ろした。

「俺とお揃いだな!」

安堵で小さなため息をこぼした刹那、急に降ってきた言葉に目を丸くする。何のことを言っているのかわからないわけではない。そもそも彼に連絡をしたのも、普段とはひと味違う私を一番に見せたかったからだ。褒めてもらいたいと思ってなかったと言えばそれは否だが、まさかそんな前置きもなしに言われると思ってなかったから少し面食らっただけで。そして何より『お揃い』という言葉に鼓動を忙しなく動かされていた。

「そう、なの。毛先色抜いて赤くして、全体を薄めのオレンジにしてみた。杏寿郎と同じだとちょっと派手だからトーンは少し暗めで」
「よもやよもや!よく似合っているぞ!」

腕を組みながら感心したようにまっすぐ見つめてくる眼差しに耐えられなくなって、恥ずかしさをごまかすように視線を泳がせて髪に触れる。色抜いたから今まで以上にしっかりとケア頑張らないとな、なんてぼんやりと考えながら。

「と、とりあえず何か頼も!美容院でおすすめされたこの新作のタルトとかどう?」

メニューを杏寿郎の方へと向けて今月のおすすめと称した、いちごがたっぷりと載ったそれを指差す。

「うむ、ではそれにするとしよう!」
「飲み物は何にする?」
「たまにはなまえと同じものというのも悪くないな!お揃い……いい響きではないか?」

先程までの威勢がなくなり呟くようにして放たれた言葉にふと顔を上げれば、お互い前屈みの状態で距離が近いことに気付く。おまけに目の前の彼は慈しむように柔らかい表情を浮かべている。いつになく真剣そうな杏寿郎に、私はただただ何も言うことができずゆっくりと固唾を呑むだけだ。深い水の底に沈んでいくように周囲の心地よい生活音が攫われる。二人だけの空気。二人だけの世界。
徐に杏寿郎の手が伸びれば、ガラス触れるかのように優しい手つきで毛先を優しく掬い上げた。

「良い匂いがするな」

そう言って目尻を下げる彼はどこか満たされているようだった。公共の場で他人から見れば惚気だと思われるであろう言動を平然とやってのける杏寿郎にむず痒さを感じつつも、けれどもそれ以上にどうしようもなくあたたかな感情が胸の奥にゆっくりと流れ込んでくる。ありきたりな言葉で例えるのならこれが幸せということなんだろうと思った。美容院でボトルを買って良かったと心底感じた瞬間だった。担当してくれた美容師さんには色々と感謝しかない。

「いい匂いだよね、これ。思わず美容院で同じの買っちゃったもん」
「今度機会があったらなまえの髪を乾かしてやりたいものだ!」

杏寿郎に髪を乾かしてもらえたらきっともっと幸せな気分で満たされるんだろうなぁ、なんて私の気持ちを見透かしたのか。しかし彼の純粋な表情を見る限りそんな打算は少しもないのだと知る。単に私の願望が顔に出ていただけかもしれない。

「機会があったら、ね」

なんて言ったけれど、私の中でもう答えは出ている。どうなるかなんて結果はすでに決まりきっている。けれども素直におねだりできない私はそうして無意味な照れ隠しをするのだ。


2020/12/10
title:箱庭

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