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ストロベリーミルキーピンク

種類が豊富で有名な甘味処で働き始めて半年。私が入る前から常連だという銀さんと知り合って半年。
初日で緊張からぎこちない態度だった私に、気さくに話しかけてくれたのが銀さんだった。「男なんて女に弱ェ生き物だからよ、とりあえず笑っときゃ大抵のことは上手くいく」と心強い?アドバイスをもらったおかげもあり、今では恐れ多くも『看板娘』と呼んでもらえることも増えた。
それ以来、肩の力を抜いて仕事が出来るようになり、銀さんと会話する機会も徐々に増えていった。そんな彼に対して好意を抱いていることに気付いたのは、ごく最近のことだった。

「最近あの銀髪の常連さんといい雰囲気じゃない〜?」
「そ、そう?たまに新作の味見してもらったりして感想聞かせてもらってるだけだよ」
「そんなこと言ってー、なまえだって満更でもないくせに。気付いてるんだからね、彼が来た日のなまえはいつもより嬉しそうな顔してるってこと!」

図星を突かれて一気に心臓が跳ね上がる。危うくトレーに載せていた食器を倒すところだった。ここで意地を張って否定しても人の恋路に首を突っ込むのが好きな同僚である。早々に諦めた私は「まあ……」と曖昧な返事をするしかなかった。「やっぱり!」と嬉々としている同僚の顔は、同時に何かくだらないことを考えているようにも見えてため息を吐きたくなったのは内緒だ。

「じゃあそんな恋するなまえちゃんにイイコト教えてあげる」
「大したことじゃなさそうだけど……何?」
「銀髪の彼、10月10日が誕生日らしいよ。この前店長とそんな話をしてるのを小耳に挟んだの」

今日は8日……ということはあさってか。確かその日は非番だったような――そう思いながら食器を下げつつ、貼り出されているシフト表に視線を移す。

「あ、」
「ふふーん、代わってあげようか?その日に彼が来るとは限らないけど多分来る気がするのよね」
「何その曖昧な答え……」
「でも好きな人の誕生日を祝えるチャンスだよ?どうするの?」

確かに来ると断言は出来ない。けれど来ないとも言い切れない。
入った頃に名刺をもらったから万事屋の場所はわかるけど、休みの日にわざわざ会いに行くなんてこと出来っこない。そんなんじゃまるで告白してるも同然。だったらここで彼が来るのを期待する方がまだ自然だ。

「……お願いします」



そんなこんなで迎えた当日。開店早々、そわそわしっぱなしで店長や常連さんに心配されるのはおろか、自分でも心配になる程だった。
あの後、私より張り切っていた同僚がいたのは言うまでもない。プレゼントはどうするんだなんだと言われたけれど、そもそも銀さんとは出会ってまだ半年しか経っていない。
最初の頃に比べたら確かに距離は縮まったかもしれない。しかし特別何か進展があったわけでもない。言ってしまえばせいぜい他のお客さんよりは仲が良いということだけ。ふと、銀さんはどうなんだろうと思ったが、思い返してみても同僚と私に対しての接し方に大差はないように感じた。
そんなことを思ったら急に自信がなくなってきて、落ち着かなかった気持ちも冷静さを取り戻しつつあった。代わってもらった同僚には申し訳ないが会えたらいいな、くらいの気持ちでいよう。
なんて思っていたのに。

「おーいなまえちゃん?」
「へ?え?うわあああ!?」

呼びかけられた声にハッと顔を上げれば、いつの間にやら来店していたらしい銀さんがぼーっとしていた私の意識を呼び戻すように目の前で手をひらひらさせていた。
嬉しさと驚きで心臓がいつもの倍跳ね上がる。

「いや、驚きすぎじゃね!?つい3日前にも会ったじゃねーか!何その亡霊でも見たようなリアクションンン!」
「す、すみませんちょうど銀さんのこと考えてて――じゃなくて!いらっしゃいませ!いつものでよろしいですか!?」
「おー。なんかよくわかんねェけどとりあえず落ち着けって」
「はい……ではお好きな席に掛けてお待ち下さい。今からパフェお作りしますので!」

ほぼ一方的にそう告げて小走りで調理場へと駆け込んだ。とりあえず落ち着け。
深く深呼吸をすれば少しは緊張も和らいだ気がした。
気を取り直して早速パフェ作りに取り掛かる。来てしまったからにはもう後には引けない。こうなったらとびきり豪華なものを作ろう。
実は誕生日だと聞いてからプレゼントはトッピングたっぷりの特製パフェにしようと決めていた。もちろん事前に店長に許可は取ってある。例によって同僚は「リボンで着飾って私がプレゼント!くらいやっちゃいなさいよ」なんて面白がっていたが、丁重にお断りさせて頂いた。そんなことしたら絶対引かれる。

甘いものが好きだと言うけれど具体的に何が好きなんだろう。材料をかき集めて思案する。パフェはもちろん、ケーキやシュークリームなどの洋菓子から団子やまんじゅうの和菓子――この店の商品は一通り手を付けていたし……。いちご牛乳を愛飲しているからいちごたっぷりでも良さそう。あとは生クリームをたっぷり添えて――そんなことを思いながら、喜んでくれたらいいな、なんて願いを込めつつパフェ作りに取り掛かった。



「お待たせしました。今日限定のスペシャルパフェになります」

溢れんばかりのトッピングがこぼれ落ちないようにそっと銀さんの前に置けば、いつもとは違うそれに表情は変わらずとも驚嘆の声を漏らした。

「なんだなんだこの豪華なパフェは。フェアかなんかやってたっけか?」
「違います。その……今日が銀さんの誕生日だって聞いて」
「あーそういやそうだったな。そんで?なまえちゃんはわざわざ銀さんのために作ってくれたと」

私の想いを知ってか知らずか、銀さんはからかうような笑みを浮かべて言った。そうはっきり言われてしまうとどうしていいかわからない。私の答えを待つように見つめてくる視線に耐えられず、俯きながら肯定の返事をこぼす。

「もちろんお代は頂かないので安心して食べて下さい。ささやかですけど、その、私からのプレゼント、ということで……。銀さんには初日からとてもお世話になってますし、日ごろのお礼も兼ねて」

こんな風に思ったことを素直に口にしたのは初めてかもしれない。何だかとてつもなく恥ずかしくなってきた。赤く染まっているであろう顔をトレーで覆い隠したい気持ちを必死で抑える。

「ふーん、なまえちゃんってばそんなに俺のこと好きだったの」
「はい!?」
「俺に愛想良くしてくれんのはそういうことだと思ってけど違ェの?それともただの営業スマイル?」

頬杖をつきながら私を見上げる。
「彼といる時のなまえ、いつもより嬉しそうな顔してる」あの時同僚に言われた言葉を思い出す。もしかして自分では隠していたつもりが周囲どころか本人にも気づかれてたというパターン……!?何それ恥ずかしすぎる。全身茹で蛸状態であろう私の体はもはやトレーだけでは隠しきれない。

「あの、もうそれ以上はどうかご勘弁を……羞恥で泣きそうです」
「悪ィ悪ィ。真っ赤になってるなまえちゃんが可愛くてつい。つーかパフェよりなまえちゃんの方が甘そうだなァ。……あの、パフェは今食うんでなまえちゃんお持ち帰りでお願い出来ますか」
「人の話聞いてました!?」

急に真面目な顔して何を言うかと思えば……!

「おー、やっぱからかいがあるわ。……ま、満更でもねェけど」
「これ以上そういうこと言ったら本当に怒りますよ!?」
「だーかーらァ悪かったって。そうむくれんなよ。せっかくの美人が台無しってもんだぜ、なまえちゃん」

誰のせいで……!と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。もう羞恥やら何やらで自分の気持ちがよくわからない。真っ赤になりながら怒りを鎮めようとため息を吐くって何が何だか……。

「……あんがとな」

呆れつつ火照った熱を冷まそうと手で仰いでいれば、銀さんがぽつりと呟いた。さっきまでの意地悪な笑みはない、口元を緩めた穏やかな表情。
たったそれだけで一瞬にして私の心をときめかせてしまう。さっきまでの失言すらもチャラにしてしまう。銀さんには人の心を惑わしてしまうような不思議な力がある。さながら私は甘い蜜に釣られて惹かれる蝶のようだ。

「お誕生日おめでとうございます。銀さんと出会ってから毎日が楽しくてとても充実しています。これからもお店ともどもよろしくお願いします」
「半年経っても硬いのは相変わらずか。リボン首に結んで『私がプレゼント』くれェのヤツ期待してたけどなァ、さすがにねェか……」
「さっきからゴニョゴニョと何言ってるんですか?」
「いや、何でもねェよ。こういうのも悪くねェなって思っただけだ」

何を言ったのかわからないことにジレンマを感じながらもパフェを頬張る銀さんを見つめる。「甘ェ」と口元に生クリームをつけながら独り言のように呟いた横顔がなんだかとても可愛らしく見えて、それがやけに幸せに思えて。胸の奥がじんわりと温まるのを感じながら、緩む頬に気づかれないようにトレーで口元をそっと隠した。


2018/10/10
title:金星

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