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愛情たっぷり毒入りカレー

男女が付き合っていれば、キスのひとつやふたつは日常茶飯事だと思っていた。それは一番わかりやすい愛情表現と言えるから。何より新婚夫婦のように毎日おはようからおやすみのキスをするのがわたしの密かな夢でもあった。
しかし相手が特殊な性癖を持っているのなら話は別だ。そもそも今でさえ、ちゃんとした恋人同士なのかどうかもわからない。思い返してみれば付き合うようになったきっかけさえ曖昧である。わたしの猛アタックにしぶしぶ総悟くんが折れたって感じだったような……。そういえば好きって言われたことあったっけ?もしかして付き合ってると思ってるのはわたしだけ?でも呆れながらもキスしてくれたし、幻なんかじゃないことは断言出来る。したい。
しかし、しかしだ。この先もずっとこんな関係じゃあいつまで経ってもわたしが求めていたイチャラブな日々が来ない。それは困る!わたしだって世のカップルみたいに手繋いでデートしたりしたい!

「やっぱりここにいましたね!」

そんなことを考えながら屯所の縁側へと向かえば、予想通り休憩と称してサボっているであろう総悟くんの姿があった。アイマスクを着けて襖に背中を預けているだけで様になっているからイケメンはすごい。

「お昼寝中でしたか?」
「……たった今アンタに起こされたところでさァ」

そう言いながらもわたしの問いかけを無視しない辺り、何だかんだ言っても総悟くんは優しい人だ。逆にこのまま無視されたら彼女としてさすがにつらい!

「相変わらず酷いですねぇもう!少しは彼女と過ごす時間も作ってくれてもいいじゃないですか」
「何言ってるんでさァ。土方さんと同じくらいアンタの顔なんてもう見飽きてる」
「彼女の顔は毎日見ても見飽きないものなんじゃないですか……!?」

わたしは総悟くんの顔、毎日見てても飽きないのに!むしろこんなに整っている顔、一日中だって眺めていたいしいられる自信がある。
いや、待てよ?もしかしてこれは、時を感じさせないほどには総悟くんにとって少なからずわたしという存在を占めている、という意味にも捉えることが出来なくもない。出会って数年足らずだけど、総悟くんにとっては幼少からの付き合いである土方さんと同じくらい長くいる感覚、とかそういう意味の。

「悪ィ、間違えた。アンタはペットみたいなモンだから飽きるとかそういう次元じゃなかった。悪かったな、ポチ」
「ワンッ!じゃなくて!」

ポンと頭上に乗せられた手。まるで動物相手にあやすように撫でる手つきに条件反射でつい犬の鳴き真似をしてしまった。これはもう完全に総悟くんに調教されている。でもそれすらも嬉しいと思ってしまう自分がいるのも事実。もしかしたらわたしはMなのかもしれない。さっちゃんさんほどではないけれど。

「総悟くんがご主人様であることに否定はしませんけどそうじゃない!」
「ノリツッコミが出来る犬か……こりゃ面白れェ」
「もー総悟くんのバカ!キスしてくれないのもわたしをペットとしてしか見てないからなんでしょっ」

流れに任せてつい本音を漏らしてしまった。ペット扱いされるのは嫌じゃない。なんなら首輪を着けて離れられないようにずっとリードで繋がれてもいいとすら思うくらいだ。以前のわたしならこんなことは思わなかったのに……きっと知らぬ間に総悟くんに夢中にさせられているんだろう。
そう、わたしは総悟くんのことが大好きなんだ。

「いきなり何でィ」
「わたし総悟くんのこと大好きだよ」
「知ってまさァ」
「……総悟くんは?」

今のわたしはきっと面倒くさい彼女まっしぐらに違いない。むしろ自分でもビックリだ。まさかこのテンプレ発言をする日が来ようとは。

「……好き」
「わっ、」

そう言いながら近づいてきたと思えば、そのまま体重をかけられ体はあっという間に床に倒れる。頭上には総悟くんの整った顔が視界いっぱいに広がる。このままキスとかされちゃうのかな、なんて淡い期待を抱いてたのに――

「って言えば満足か?」
「んが、」

ニヤリ、といつもの意地悪な笑みを見せながら鼻をつまんでくる。

「相変わらず色気のない声出しやがって」
「そう思うなら総悟くんが引き出して下さい!わたしだって女の子なんです、あんなことやこんなことされたら色っぽい声くらいは……!」
「何言ってやがんでィ。アンタにはまだまだ早いぜ、お子様」
「同い年じゃないですかー!」
「だがまあ……」
「へっ!?え、ちょ、総悟くん!?」

シュルシュルと流れるような手つきで総悟くんはわたしの隊服のスカーフを外していく。こ、これはもしかして、もしかしなくてもわたし、ここで食べられてしまう……!?
ようやく彼女として見てくれるようになったのかな?いや、でもまだお昼だし!休憩中とはいえ勤務中だし!せめて夜までは――

「……あれ?」

なんて緊張しながらも微かな期待を胸に目を閉じていたのに。待てども来ない感触に目を開ければ目の前には再び意地悪そうな笑みを浮かべた総悟くんがいた。

「ホント期待しすぎ」
「だって――!?」

お預けかと残念に思ったのも束の間。すぐに総悟くんの顔が近付いてきて、思わずぎゅっと目を閉じれば首筋に総悟くんの柔らかな唇が押し当てられる。それは本当に一瞬だった。
しなやかな栗色の髪が微かに首に当たり、くすぐったさに思わず身を捩る。不意打ちのそれに柄にもなく胸がドキドキしていた。そういうの、反則だと思います。

「なーに興奮してやがんでィ。変態」
「こ、興奮はしてないです!ビックリしただけです!嬉しくてニヤけそうになってますけど!」
「世間ではそれを変態と言うんでさァ」
「わたしたち本当に付き合ってますよね!?」

総悟くんの罵倒は今に始まったことではないけれどさすがに酷かろう。でも総悟くんはわりとツンデレな部分があるからね。これも一種の愛情表現だと思っている。
それから何事もなかったかのように総悟くんは私の横で仰向けに寝転がった。
総悟くんの体で遮られていた陽の光がわたしたちを照らす。鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。心地の良い暖かさに小さなため息がもれる。この穏やかな空気――まさに絶好のお昼寝日和だ。
さっきまでの甘くなりかけた雰囲気はどこへやら。でもこれくらいの関係が私たちらしい気がする。そんなことを思えば自然と笑みがこぼれた。

「しばらくはこのままでいませんか?何だかすごく気持ち良くて……」
「勝手にしろィ。ついでに昼寝の邪魔されねェようにアイマスク貸しといてやらァ。そのかわりデケェいびきかいたら永遠の眠りな」
「命がけの昼寝とかリスク高すぎなんですけど!?ってもう寝てるし!」

私のツッコミも虚しく、昼下がりの木漏れ日に溶けていく。

「……でもま、いっか」

総悟くんを見ていたら何かどうでも良くなってきた。
夢見る甘い日々はしばらくの間はお預けになりそうだ。ならば今はこの日常を精一杯楽しむとしよう。


2018/10/09
title:箱庭

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