きみの温度を独占したい
「露伴見て〜!昼間に亀友デパートで見つけて買ってみたんだけどどう?」
「チープな仮装だな。クオリティが低すぎて参考にもならない」
なんて言いつつも手にはスケッチブックと鉛筆――一応スケッチはするのね。
まあ安っぽいのは否定しない。ハロウィンコーナーでたまたま見つけてノリで買ったものだしね。それでも黒いマントと牙があるだけで吸血鬼気分を味わえてテンションは上がる。ちなみに牙は付けたままだと喋りづらかったから付けてない。
「ほんとつれないんだから」
「どんな答えを期待したのか知らないが、ぼくは思った事を言っただけだぜ」
「わかってるよッ」
私たちは一応恋人同士ではあるけれど、全くと言っていいほど露伴は私の相手をしてくれない。普通に『帰れ』とバッサリ言われるのなんて日常茶飯事だ。付き合ってるのは錯覚なのかと思うほどに私に対する扱いが酷い。それはもうとっても酷い。でも仕事の邪魔はしたくないから言わない。けど……
(今日くらいは甘えてもいいかな……?)
部屋に入れてくれたのだって大方仕事が片付いてるって事だろうし。
「仕事の方はもう終わったの?」
「昨日のうちにとっくに終わってる」
「え、そうなの!?」
スケッチブックを片付けながらさも当たり前に露伴は言う。何それそうなら連絡くらいしてくれてもいいじゃんか!一言『家に来い』って言ってくれればすぐにでも飛んで行くのに!!
本当は『会いたい』って言ってくれたら嬉しいけど、露伴は絶対言ってくれないから無駄な期待はしません。その分デレた時の破壊力は半端じゃないからいいかなーってね。
とまあそんな事はさておき、そうとわかれば遠慮は無用というわけで。
「じゃあじゃあ今日は私が露伴の時間独り占めしてもいい?」
「ああ、いいぜ、朝まで相手してやるよ」
「うぅ〜〜ッ、ろはーん!好き!大好き!」
思った矢先に早速デレるとは。しかしたまのデレの効果すごいな!素直すぎる急なそれに何か裏があるような気がしなくもないけど、そんな事を言われてしまえば嬉しさの方が勝るのはわかりきった事。
大げさなリアクションで思いきり抱きついてすり寄るようにして胸に顔を埋めれば、あっという間に露伴で埋め尽くされる。久しぶりの露伴の温もり、匂い――今、私最高に幸せな気分ッ!
「なまえ、顔上げろよ」
しばし温もりに酔いしれた後、顔を上げれば妙に真剣な表情と目が合って思わず胸が高鳴る。いつもそっけない言葉ばかりを言われる事が多いせいかこういう露伴には弱い。ギャップってやつなのかなぁ……。ふわふわした気持ちで見惚れていれば、おもむろに顔が近付いてきて口づけを落とされる。そういえばキスも久しぶりな気がするな……。そんな事を思いながら与えられる熱に応えていれば、徐々に高まってくる感情。
しばらくして唇が離れた頃には、お互いの熱のこもった熱い吐息だけが静寂に包まれた部屋に広がっていた。
「はぁ……」
「なあ、知ってるか?」
「ん……?」
「今日は満月なんだぜ」
「?それがどうかしたの?」
「満月の夜は男も女も性欲が高まるんだってさ。なまえもそれをわかっててぼくのところに来たんじゃあないのか?」
ニヤリと含みを持った顔をして腰を撫で回してくる。その表情がやたら扇情的なのは、露伴の言う通り満月のせいなのか。
「え、ち、違うよ!そもそも初めて知ったし……!」
「本当か?そんな格好してさァ……まるで遠回しにぼくに食って欲しいって言ってるみたいだぜ?」
「だから違うってば!私は別にそういう意味でしたんじゃ……!」
「相手にされなかったのがそんなに不満だったのか?」
「それは……!少しだけ……」
確かに構って欲しかったし甘えたい思いはあったけど……!でもそれは決して不純な気持ちからじゃないから!そんなんじゃまるで、私が露伴を誘惑しにやって来たいやらしい女みたいじゃん!
「悪かったよ」
「ひゃっ……!んっ……」
そんな事を心の中でひとり弁解していれば、露伴がそう小さく呟いた。でもその言葉を理解するより先に、纏っていたマントをめくられ首筋に生温かい感触とともに小さく肌を吸われて、考える暇はなかった。
まるで吸血鬼のようなそれに、ふと昔観た映画を思い出す。吸血するシーンが妙に色っぽいなと思ったのが印象的で変にドキドキした覚えがあるけど、今のこれもそんな感じに近いのかもしれない。反射した窓に映る自分と露伴の姿を見てそう思った。
「……さすがに血までは吸えないが……気分は吸血鬼だな」
楽しそうにそう呟いた後、首筋や鎖骨にキスをされ、それから舌先で舐め上げられる。
我慢出来ずに時折漏れる自分のはしたない声と露伴の吐息交じりの声に耳を刺激されて、言い様のない羞恥心だけがどんどんと増していく。けれどそれは同時に快楽を感じさせるものでもあって。
このままだと本当に欲が高まって変な気分になってしまう。……いや、もうなってるのかもしれない。思考もぼんやりとしてきて、力の抜けた体を露伴に委ねるしかなかった。
「露伴……その、もう、恥ずかしい……から……」
客観的にこの姿を見てしまったせいでいつも以上に体が熱い。肌に触れる露伴の舌も心なしかいつもより熱を持ってる気がする。
「フン、気持ちよさそうな顔させながらよく言うぜ。ぼくにこういう事されるの、本当は期待してたくせに」
「それは……」
そんな気はなかったけど、そういう風に言われると強く否定出来ない。触れ合いたいと思ってたのは本当だったから。
「ぼくの時間を独り占めしたいって言ったのはなまえだろ。望み通りにさせてやるんだから、ちゃんと受け取れよ」
そんな言い方して、本当は私以上に露伴の方がそう思ってたんじゃないの?なんて思うけど、それは言わないでおく。そういう露伴の意地悪で素直じゃないところ、嫌いじゃないから。
露伴と二人きりで過ごせる時間がある、それだけで嬉しいし心は満たされる。
「じゃあもう少し、このままで……」
あの満月が欠けるまではこの熱が引く事はないんだろうな。
少しだけ開いた窓から流れ込んでくる秋の夜風を微かに感じながら、応えるように露伴の背中に腕を回した。
2016/10/26
title:サンタナインの街角で
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