other

閉じ込めてダーリン

「りーんっ!遊びに来たよ〜」

部活のない休日。今日も今日とて部屋でホラー映画を観ているであろう凛の部屋をノックしドアを開ければ予想通り、まだ日が出ている時間だというのにカーテンは閉め切られ、部屋も画面も薄暗かった。せっかくのいい天気なのにもったいない。かと言って海を散歩するにはまだ気温が高くて外にも長居できないんだけどね。冷房の温度がだいぶ下がってるっぽいけど、これも気分を高める一種の演出のようなものなのだろうか。
映画も映画で画面を見たところで何の作品なのかも何のシーンかも、ホラー系をほとんど観ないわたしにはわからない。そんなわたしと同じく凛も凜でわたしを一瞥したあとすぐに視線をテレビへと戻した。

「……うるせぇ」

遊びに来た彼女に対して開口一番の台詞がそれかい。逆を言えば通常運転なんだけども。これも予想範囲内。いつもなら少しの文句をぶつけるところだけどクッションを抱いてる姿の可愛さに免じて今日は大目に見よう。なぜなら背後に隠れたわたしの手には、文句を言いたくなる気持ちなんてどうでも良くなるくらい可愛いラッピングが施されたとあるモノがあるから。

「映画観てるとこ悪いけど……はい、誕生日おめでと!」

ベッドの上で胡座をかいて映画を観ている凛に近づいて背後からそれを差し出せば、仏頂面を見せながらもあっさり受け取ってくれた。多分、去年あげたのが高級鯛茶漬けの素だったから今年もそうだと思って内心喜んでるのかもしれない。けどごめんね凛、今年は違うんだ。多分凛にとっては全然嬉しくない物だと思うから。この後の凛の反応を想像して心の中で先に謝っておく。当たり前だけど決していらない物をわざとプレゼントしているわけじゃない。これには理由があるのだよ。

「ささ、開けて開けて」

悲鳴やら叫び声をBGMにすることじゃないなと今更なことを思いつつ素直にラッピングを解く姿を見ていれば、中身がわかった瞬間凛はあからさまに怪訝な表情を見せた。

「今年はフクロウのぬいぐるみキーホルダーです!」
「どういうつもりだ」

指にボールチェーンを引っ掛けた凛が品定めするかのようにまじまじと眺めながら問いかける。

「フクロウ、好きでしょ?目がまん丸で可愛いなーと思って。部活のバッグに付けても――ってちょっと!!」
「ガキかよ」

わたしの言葉を遮った凛がちょいと指を動かせば、宙を浮いたフクロウはそのまま凛の背後にぽすんと着地した。わかってた。想像通り。紛うことなき百点満点のリアクション。だけどさすがにこの扱いは酷くない!?
ベッドの上だったのがせめてもの救いか。慌ててそれを拾って産まれたての卵を扱うかのように手のひらで大事に抱える。ぬいぐるみだっていのちがあるんだからね!!

「凛は知らないだろうけどぬいぐるみの扱いは恋人の扱いって言うんだよ!」

そう、わたしが今回ぬいぐるみをプレゼントしたのはそれが理由だ。関係が変わって初めての誕生日。去年とは違うものを渡したいと思うのは当然のこと。普段から素っ気ない凛だけど、このフクロウのぬいぐるみをわたしだと思って大事にしてくれたらな……なんてちょっとした乙女心がわたしにもほんの少しだけあったりするんだよ。

「だったらなんだ」
「別にわたしに優しくしてって言ってるわけじゃないんだよ。もちろんしてくれてもいいけどね?それ以上にそのぬいぐるみをわたしだと思って優しく愛でる凛が見たいの!!」
「マジで何言ってんだお前」

だって凛の対応は今に始まったことじゃないし、付き合ってるからといって改善してほしいってわけじゃないし、むしろ目に見える形でストレートに優しくされたら逆に心配になるし。もちろん優しくされたい気持ちがないわけじゃないけど、それがわたし自身に向けられるよりわたしだと思ってぬいぐるみを扱う凛を客観的に見たいというか!言うなれば直接好きだとか言われるよりも、自分がいない所で第三者に惚気けてるのを人づてで聞くほうがキュン度が増す、みたいな?

「バッグに付けるってのはまあ半分冗談だけど、せめてそこの棚とかに置いといてくれたら嬉しいなあと思ったり……」

両手でそのいのちを差し出せば凛は「お前イカれてんな」なんて口では言いながらも今度はちゃんと優しく受け取ってくれて、ベッド横の窓際にちょこんと置いてくれた。それだけで心が満たされていって自然と顔が綻ぶ。
凛のそういうところが好き。付き合うことになったのだって、なんだかんだ言いつつも離れないでいてくれるのだって、きっと心の奥底では大切に想ってくれてるってことだと思うから。なんて、自惚れすぎかな。

「凛ほどじゃないけど――っ!?」

ぬいぐるみに意識を取られていたせいで一瞬何が起きたのかわからなかった。
突然腕を引かれて腰を抱かれ、咄嗟に凛の肩に手を置けばそれから後頭部を引き寄せられたのと同時に唇に柔らかいものが当たった。その感触を脳が理解した時には既に事が済んだ後だった。呆気にとられているわたしを凛は何か言いたげにじっと見つめる。

「綿にこういうことするとでも思ってんのか」
「綿って言い方!んー、でも凛がしてたらそれはそれで逆に興奮しちゃうかも」
「きめぇこと言ってんじゃねーよ空気読めクソが」
「わっ、」

膝の上に跨っていたわたしを支えたまま凛はゆっくりと体を反転させてわたしを押し倒した。さっきまでの怪訝な顔はどこへやら。
テレビからは相変わらず緊迫したシーンが続いていてとてもじゃないけど甘い展開を始める空気ではない。けれどそこは空気を読んで言わないことにする。わたしだって自分からせっかくの時間を台無しにするなんてことはしない。凛からのアクションがある時はなおさらだ。

「回りくどいことすんなだりぃ」

別にしてるつもりはなかったんだけどな。なんだかんだ言ってわたしも本当は凛にわかりやすい愛情表現を求めてるのかもしれない。そんなことを思いながら迫り来るターコイズを受け入れるべくそっと目を閉じるのだった。


2024/09/09
title:金星

back
- ナノ -