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猫の額で満ちる夜更けに

「研磨の髪、羨ましいくらいサラサラしてて嫉妬しちゃう」

お風呂上がりの研磨の髪をドライヤーし終え、ぽろりと本音が漏れる。これで特別なことをしていないというのだから、私からすれば嫉妬以外の何物でもない。
縁側に座って夜空を眺めながら研磨の髪を乾かすのは何だか風情があっていい。さすがに冬は無理だけど、今の季節くらいだと外の空気を感じながら火照った身体を落ち着かせるにはちょうどいいし、何より心身ともにリラックス出来る。
こんなに綺麗な髪をしているのに、浴室や洗面所を見ても使っているのは市販のシャンプーとコンディショナーのみ。何なら最近はなくなったら私のをそのまま使うくらいこだわりも頓着もない。頓着がなさすぎてむしろ私が研磨の髪を守らねば!と変な使命感に駆られたのはつい最近のこと。
研磨も研磨で「ボトル邪魔だしこのまま一緒に使えばいいよね」なんて言うものだから、いつしか自分が使っている時より良いものを買うようになった。お金は出すと研磨は言ったけど丁重にお断りした。私が好きで勝手にやってるだけだから。その甲斐あってか、私の髪も以前よりツヤが出てきた気がする。もちろん研磨は言わずもがな、だ。

「なまえが色々やってくれてるからじゃない?」
「いや元々の良さもあるよ。やっぱ髪質なのかなぁ」
「でもなまえのおかげであんまり寝癖つかなくなったかも」

確かに爆発的な寝癖は前より減ったかもしれない。そんな研磨も好きだったから少し残念ではあるけれど。

「元々キレイな髪だけどだからこそちゃんとケアしないともったいないよ!」
「まあドライヤーもなまえの高いやつ使ってるし、乾かす腕も上がったと思うよ」
「ほんと?やった」

人の髪を乾かすことなんて初めてだったから最初は雑だのやるならもっと優しくしてなどと文句を言われたものだけど、ほぼ毎日やっていれば自然と上達するもんだな。乾かし方ひとつでツヤが変わると知り、自分で乾かす時も意識するようにしたら傷んだ髪も少しはマシになった。
研磨も初めは眉間に皺を寄せて耐えてるって感じだったけど、最近は私の腕を認めたらしく自分から「乾かして」と言うようになった。されるがままに気持ちよさそうにしている姿はまるで猫みたいで微笑ましい。

「じゃあ最後に軽くオイル付けますね〜」
「美容師ごっこに付き合う気はないんだけど」
「もー、少しは乗ってよ」

なんて他愛ないやり取りをしながら毛先に軽くオイルを付ければ完成。

「ん、ありがと」
「……研磨いい匂いする」

道具をまとめ、研磨の隣に腰を下ろす。空を見上げれば星が瞬いていた。
東京は星が見えないと言うけれど、都心から少し離れ空気が澄んでいれば今日のようによく見える日もある。
心地の良い風が肌を撫で、ドライヤーを終えたばかりの髪からは私と同じ匂いがふわりと鼻に抜けていく。思わず毛先を手に取り顔を寄せた。

「同じの使ってるんだからなまえも一緒だよ」

徐に研磨の手が髪に触れ、指が髪のすき間を通り、それから毛先をくるくると弄ぶ。目を細め口端を緩めるその姿が妙に色気に満ちていて、思わず息が詰まった。至近距離でそれを目の当たりにすると尚のこと心臓に悪い。

「うん、そうだよね、」

照れてつい顔を俯かせてしまう。ああ、どうしよう。こうなると何も言えなくなる。そんな私を見た研磨がくすりと笑った気がした。

「ボディーソープもおんなじ」
「っ!」
「お風呂上がりのいい匂い」

ふと研磨の顔が近づいてきたと思えば首筋に口を寄せ、吐息を滑らせるように囁いてきた。吐息と研磨の猫っ毛がくすぐったくて身体がびくりと反応してしまう。

「けんま、」

何かを言うつもりなんてないけど反射で研磨に視線を合わせれば、頬に手を添えられてしばらく見つめ合う形になる。心臓の高鳴りを直で感じながら研磨が親指でそっと頬を撫で、それからゆっくりと唇が重なった。柔らかさの中にいつもより熱があるように感じるのはお風呂上がりのせいかな。

「なまえの匂いに包まれてると安心する」
「うん……わたしも」
「もうベッド入る?」
「……まだ、少しだけこうしてたい」

研磨の肩に頭を乗せて指に触れる。
研磨の隣は居心地がいい。そばにいるだけで安心するし穏やかな気持ちになれる。
でも今日は安心感よりもほんの少し刺激が上回ってしまっている。色気に充てられ、私の鼓動は静かだけれど確実に脈が乱れている。だからベッドに入ってもきっとすぐには寝られない。でも隣にいないとそれもそれで寝られない。なんて贅沢な悩み。
研磨の匂いと温もりに包まれて、今日も夜が更けていく。


2024/05/19
title:エナメル

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